衆合地獄3

「それで、仁左衛門のサボりの理由は結局分からなかったのか?」


 閻魔殿の広間で、閻魔が書類に目を通しながら言った。


「はい、残念ながら、まだ分かっていません……」


 珠美は、目を伏せて答えた。


「転生の許しが出そうな程真面目だったのに何故……もしかしたら、転生したくない理由があるのでしょうか」


 菖蒲が、手を顎に当てて言う。


「転生したくない理由ですか……私には思いつきませんが、明日も引き続き調査してみます」


 珠美は、真剣な表情でそう言った。


        ◆ ◆ ◆


 翌日の昼休み、珠美は仁左衛門の暮らす家を訪れていた。仁左衛門は寮ではなく、林の側に小屋のような家を建てて住んでいる。閻魔の許可も貰っているようだ。


「こんにちはー。仁左衛門さん、いらっしゃいますか?」


 珠美が木製の引き戸を開けながら声を掛けると、仁左衛門が驚いたような顔で出てきた。


「これはこれは……補佐官殿、どういったご用ですか?」

「いきなり来てしまい申し訳ありません。仁左衛門さんの勤務態度についてお話させて頂きたいと思いまして……」

「勤務態度……ですか……どうぞ、お入り下さい」


 部屋に入ると、珠美は辺りを見渡した。部屋は狭く、家具は小さな机しかない。ドラマで見る江戸時代の長屋の部屋のようだ。


「私がサボる理由ですか……」


 珠美が用件を話すと、仁左衛門はお茶を飲みながら呟いた。


「はい。以前は真面目だったと聞いています。仁左衛門さんは、どうして作業をサボるようになったのでしょう? 何か事情があるのなら、教えて頂けませんか?」


 仁左衛門は、苦笑して答えた。


「そうですね……大した理由は無いのですが、一生懸命働く事に疲れたから……とでも言っておきましょうか」

「はあ……」


 どうにも納得できず珠美が考え込んでいると、仁左衛門が立ち上がった。


「そうそう、獄卒の方に頂いたお菓子があるんですよ。補佐官殿もお一つどうぞ」


 仁左衛門は、机の側にある木箱からお菓子を取り出し、珠美に手渡した。


「これは……最中ですか」

「はい。朝霧さんという方に頂きました。あの方は、本当にお優しい。以前私が刑務作業で全身傷だらけになった時も、『甘い物を食べると辛い事も忘れられますよ』と言ってお菓子を下さいました」

「そうでしたか……」


 少しの間沈黙が流れたが、突然出入り口の引き戸が開かれた。


「おい、仁左衛門、もう休憩時間が終わるぞ!」


 現れたのは、獄卒の連翹だった。


「ああ、すみません、すぐ行きます」


 仁左衛門は、そう言って再び立ち上がった。


「あ、じゃあ、私も失礼します……」


 そう言って、珠美は仁左衛門の家を後にした。


           ◆ ◆ ◆


 珠美が閻魔殿の広間に戻ると、菖蒲が珠美を見つけて声を掛けた。


「ああ、珠美様、丁度良かった。実は、仁左衛門様の生前の様子が見られそうなんです」

「え!?」


 何でも、浄玻璃鏡の調子が少し元に戻り、仁左衛門の姿を映せそうなんだとか。


「よし、鏡の設定を仁左衛門に合わせたぞ。映してみるか」


 楕円形の鏡の裏から閻魔が出てきて、額の汗を拭いながら言った。閻魔庁のトップが自ら鏡の調節をしたのか。


「では、スイッチを入れますね」


 菖蒲がリモコンを取り出してスイッチを入れる。すると、鏡にドラマで見るような江戸時代の風景が映し出された。

 煌びやかだが、どこか寂しげに感じる夜の吉原の映像。そして、次に映しだされたのは……。

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