衆合地獄2

「……ほう、そんな事が」


 閻魔殿の広間で珠美の話を聞いた閻魔は、机に肘を突いて言葉を発した。


「はい。大した事ないのかもしれませんが、何となく気になって……」


 珠美は、考え込むような表情で応えた。


「地獄の秩序が乱れるのは困りますね」


 側に来た菖蒲が険しい顔で言った。


「そうだな……どうするか……。そうだ、珠美、お前、何故新藤仁左衛門が作業をサボっているのか調べてみろ」


 閻魔が、思わぬ提案をした。


「え、私が調べるんですか?」

「ああ、お前は賽の河原のボイコットも防いでみせたし、出来る範囲で良いから調べてくれ」


 閻魔が笑顔で言うと、菖蒲も頷いた。


「そうですね、私も忙しい身ですし、珠美様に任せてみて良いかと思います」


 珠美は、戸惑いながらも小さな声で応えた。


「……承知致しました」


 しばらくして、珠美は再び衆合地獄の詰め所を訪れた。詰所の応接スペースには、珠美、朝霧、小菊、そして先程仁左衛門を怒鳴っていた獄卒の四人がいる。


「お聞きしたいのですが、仁左衛門さんが作業をサボるようになったのはいつ頃からですか?」


 珠美が聞くと、仁左衛門を怒鳴っていた獄卒――名は連翹れんぎょうという――が口を開いた。


「現世の時間に換算して一か月くらい前からかな。急に山菜やキノコを採る量が減ったんですよ。今までは、すぐにでも転生出来るんじゃないかっていうくらい真面目だったのに」

「その頃、何か仁左衛門さんの周りで変わった事は無かったですか?」

「特には思い浮かばないですね……」


 連翹が腕組みをして考え込んでいると、小菊が口を挟んだ。


「あ、その頃、私、仁左衛門様に助けてもらいました」


 話を聞くと、小菊は一ケ月程前、大切なかんざしを無くして辺りを探し回っていたらしい。そこに現れたのが仁左衛門。彼は、業務外の時間だったにも関わらず、ずっと簪を探し続けてくれたらしい。


「それで、その日の夜、仁左衛門様が林の近くに落ちていた簪を見つけてくれたんです。仁左衛門様に『これはあなたの簪ですか?』って聞かれたから、『はい、昔、大切な人に貰った簪です』って答えました」


 小菊は、その簪を髪の毛から抜いて見せてくれた。白い小さな花のついた綺麗な簪だ。


「実は私、生前朝霧さんと一緒に働いていた遊女で、これは生前朝霧さんから貰った物なんです」


 小菊が言うと、朝霧は穏やかな顔で笑った。


「こんな安物を死後の世界に持ち込む程大切にしてくれていたなんてねえ……」


 生前思い入れの強い持ち物があった場合、死後の世界にも持ち込まれるらしい。


「だって、私は朝霧さんに救われたんです」


 小菊は貧しい農家に生まれ、十歳の時に遊郭に売られた。知り合いもおらず心細い思いをしていたが、朝霧が小菊を可愛がってくれたのだという。


「だから、この簪をずっと大切にしていたんです」


 小菊は、簪を愛おしそうに眺めながら言った。

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