衆合地獄1

 ある日、珠美は大きな段ボール箱を両手で抱え、衆合地獄しゅうごうじごくを訪れていた。衆合地獄というのは、殺生・盗みに加えて、性行為に関する罪を犯した者が落ちる地獄だ。地獄は、いくつかの種類に分けられているのだ。


「あのー、補佐官の連城珠美です。新しい拷問道具をお届けに上がりましたー」


 珠美が獄卒の詰め所で声を掛けると、中から美しい二十代くらいの女性が出てきた。


「あら、補佐官様、いつもありがとう」


 大人びた笑みで応えるその女性は、名を朝霧あさぎりという。朱色の着物を身に纏った彼女は、江戸時代に亡くなった遊女らしい。ウェーブがかった長い黒髪は、現代風にアップにしている。


 彼女は元々亡者だが、今は獄卒として働いていると聞いている。罪を犯した亡者が刑に服する代わりに獄卒として働く事は、珍しくないそうだ。


「後程数を確認して頂き、何か不備がございましたら閻魔殿へご連絡下さい」


 珠美がそう言って詰め所を後にしようとした時、近くから怒鳴り声が聞こえた。


「おい、お前サボったな!」


 珠美が振り返ると、そこには獄卒と亡者の二人がいた。何やら亡者が責められている。


「あ、分かってしまいましたか。何とかなると思ったのですが……」


 亡者は、ヘラヘラして頭に手をやりながら獄卒に謝る。亡者はまげを結っていて、江戸時代の人間に見えた。年齢は三十路になったくらいだろうか。


「採って来たものを見れば分かるんだよ。こんなに少ないじゃないか!」


 黒髪を短く刈った、現代日本風の獄卒が怒鳴る。獄卒の手には大きな籠があり、その中には山菜やきのこが入っていた。


 衆合地獄には、刀葉林とうようりんという刀で出来た林があり、亡者にはその林に入って生えている山菜やキノコを採取するという刑が科せられている。葉っぱが刀で出来ているので、当然亡者は作業中に傷だらけになる。

 ちなみに、山菜等を採るという刑は、閻魔が考えたらしい。


「あー、あの亡者、またサボったんですねー」


 詰所から、別の獄卒が出てきた。彼女は小菊こぎく。暗い茶色の髪をショートカットにしているが、彼女も江戸時代に亡くなったらしい。年齢は朝霧と同じくらいだ。


「『また』って、どういう事ですか? 小菊さん」


 珠美が聞くと、小菊は髪を弄りながら答えた。


「あの方、新藤しんどう仁左衛門にざえもん様といって、江戸時代に亡くなった与力だそうです。そして、ずっと真面目に作業をしていたそうなんですけど、最近はしょっちゅう作業をサボってるんですって。サボってたかどうかなんて、採ったものを見ればすぐ分かるのに、変な話ですよね」


 小菊が不思議に思うのも無理はない。亡者が真面目に刑務作業を続けた場合、転生させてもらえる事があるのだ。

 すぐバレるのに作業をサボって転生の機会を逃がす理由が分からない。最近までは真面目に作業をしていたのなら尚の事。


「確かに不思議ですね……」


 珠美は、仁左衛門の方を見ながら呟いた。


「ほら、小菊、仕事に戻って」


 朝霧が、自身の両手ををパンパンと叩いて促した。

 ちなみに、衆合地獄の獄卒には美人が多い。それは、林に入りたがらない男性の亡者を誘惑して林に誘う為だそうだ。

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