賽の河原3
それからしばらくして、珠美は閻魔殿に戻った。そして、机に向かっている閻魔の元へ歩み寄ると、ポツリと言った。
「……武流君が早く転生する理由が分かりました」
閻魔は、少し困ったような笑みを浮かべて言った。
「執務室で話を聞こう」
珠美と閻魔は、広間から閻魔の執務室に移動した。執務室は広間と同じように床がタイルになっており、木製の大きな机と椅子が一組、黒い革張りのソファーが一台置いてある。
閻魔に促され、珠美はソファーに腰を下ろした。閻魔も木製の椅子に腰掛け、頬杖を突くと口を開いた。
「及川武流がほとんど刑を執行されないまま転生する理由を何だと考える?」
珠美は、真剣な目で閻魔を見つめて言った。
「……武流君が虐待を受けていたからだと思います」
子供が賽の河原での刑を言い渡されるのは、親より先に亡くなったから。親を悲しませたから。
では、その子が虐待されていたら?悲しむ親がいなかったら?刑に服する理由が無くなるのではないか。
「……成程。よくその結論に辿り着いたな。気付くきっかけはあったのか?」
珠美は、先程賽の河原で武流が健一の手を振り払った時、武流の右腕に痣があるのを見てしまった。
それだけで虐待と判断するのは早計だが、健一が武流に触ろうとした時の怯えようを見れば、虐待と考えても不思議では無かった。
「……そうか。そんな事が……生前の怪我が死後の肉体に反映されるのはよくある事だからな……」
「あの、閻魔様……私はどうすれば良いのでしょう?武流君が虐待を受けていたなんて、河原の子供達に言いふらす事でもないし、かといってボイコットは止めたいし……」
「もう少し自分で考えてみろ。お前はもう補佐官なんだから……まあ、切羽詰まったらまた相談に来い」
「はい……」
執務室を後にし、珠美は自室に戻った。珠美の自室は八畳くらいの洋間になっている。殺風景な部屋には、木製の小さな机と椅子とベッドだけが置かれていた。珠美は、ベッドに横になって考える。
武流には、河原の子供達が納得した状態で転生して欲しい。一体どうすれば子供達が納得するのか。
しばらく考えた珠美は、ベッドから起き上がると、呟いた。
「……やってみるか……」
◆ ◆ ◆
翌日、珠美は再び賽の河原を訪れた。子供達を河原の一か所に集めると、珠美は口を開いた。
「皆さん、集まってくれてありがとう。そして、石を積み上げる作業を続けてくれてありがとう。今日は、皆さんに伝えたい事があって集まってもらいました」
そう言うと、珠美は体育座りをしている子供達を見渡した。健一や武流も座っている。一つ深い息をすると、珠美は一歩下がり――土下座をした。
「お願いします!明日からも作業を放棄せずに石を積み上げて下さい!!」
子供達が、ポカンとした顔で珠美を見つめる。珠美は、子供達の視線に構わず言葉を続けた。
「皆が不満に思う気持ちは分かる。でも、事情があるの。決して、贔屓をしているとかじゃないの。お願いします。事情は言えないけど、ボイコットをしないで下さい。お願いします!!」
珠美は、土下座をしてお願いするしかなかった。
武流の事情は言いたくない。武流が早く転生する理由をでっちあげる事も可能だ。
でも、珠美は嘘を吐きたくなかった。かといって、ボイコットも困る。
だから、珠美はただお願いするしかないのだ。
子供達が互いに顔を見合わせていると、健一が口を開いた。
「なあ、みんな。石を積み上げる作業、明日以降も続けようぜ」
すると、子供達の中の一人が応えた。
「でも、贔屓じゃないなんて言われても信じられないしなあ……」
健一は、その子の方に向き直って言葉を続ける。
「珠姉は、嘘を吐いたり誤魔化したり出来るのに、今そうしていない。珠姉は信用できる。武流の事情がどんなものかは分からないけど、珠姉が黙っているなら相当な事情があるんだろう。頼むみんな、珠姉の言う事を聞いてくれ」
子供達はザワザワした後、口々に言った。
「……まあ、健一が言うなら言う事を聞くか……」
「健一にはいつも励ましてもらってるしな……」
「明日からも作業を続けるか……」
珠美は、顔を上げて微笑んだ。
「健一君、みんな、ありがとう……」
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