賽の河原2

 その後、再び閻魔殿の広間を訪れた珠美は、閻魔に事の経緯を報告した。


「成程……贔屓ねえ……」


 閻魔は、人差し指を唇の下に当てて考え込んだ。


「あの……どうして一人だけ早く転生させるんですか?」

「理由はあるが、教えられないな」

「そんな……」


 閻魔の言葉を聞き、珠美は俯いた。閻魔は、溜め息を吐いて言った。


「ボイコットは困るし、私も教えられるものなら教えたいんだがな……事情が事情だからな。本人の了承なしに教えるわけにはいかないんだ」

「そうですか……」


 珠美は、そう呟くしか出来なかった。


       ◆ ◆ ◆


 翌日、珠美は再び賽の河原を訪れた。健一を呼び出し、二人で木陰で話し込む。


「……そうか……閻魔は教えてくれそうにないか……」


 珠美から話を聞いた健一は、目を伏せがちにして呟いた。


「うん……ごめんね、役に立てなくて」

「珠姉が謝る事じゃねえよ。……武流たけるが何か話してくれたらいいんだけどな……」


 そう言って、健一は昨日体育座りをしていた少年の方に目を向ける。どうやら、武流というのがその子の名前のようだ。武流は今、少し離れた場所で石を拾っている。


「あいつ、いつも一人で石を積み上げてるんだ。俺達が何か話し掛けても、無難な挨拶をするだけ。あいつから話を聞くのは難しそうだな」


 健一は、溜め息を吐いて言葉を続けた。


「……分かってるんだよ。あいつに何か事情があるって。……でも、俺達だって好きで賽の河原に来てるんじゃないんだ。父ちゃんや母ちゃんと離れて寂しいのに、一生懸命石を積み上げてるんだ。それなのに、あいつだけ先に楽になるなんて……」


 健一は、九歳の時に交通事故に遭い、亡くなってしまったらしい。珠美は、返す言葉が見つからないまま、健一を見つめていた。


「……ん? あいつら、何してるんだ?」


 健一が、顔を上げてそう言った。珠美が視線を遠くにやると、武流が数人の子供に取り囲まれていた。


「あんただけズルい!」

「どんな手を使ったんだよ!?」


 子供達の声がする。どうやら、武流は子供達から責められているようだ。


「あいつら……!!」


 健一は苦虫を嚙み潰したような顔で呟くと、すぐさま子供達の方へと走っていった。


「お前ら、武流に手を出すなって言っただろうが!」


 健一が叫ぶ。子供達の内、一人の少年が健一に向かって言う。


「手は出してない。というか、健兄も武流にムカついてただろ?文句言うくらい良いじゃないか」

「駄目だ。いいからあっち行け。石の作業を続けろ!」

「はーい」


 少年たちは、渋々といった様子でその場を離れた。


「おい、武流、大丈夫か?」


 健一が武流に声を掛ける。武流は、「……うん……」とだけ言い、健一と目も合わせない。


「怪我をしてないか、念の為見せて見ろ」


 健一が武流の左腕を掴もうとした時、武流はビクッと身体を震わせ、右手で健一の手を振り払った。


「あ……」


 武流は目を見開いて呟くと、続けて「ごめん」と言って、その場を後にした。

 健一と珠美は、そんな武流の後姿を茫然と見つめていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る