賽の河原1

 珠美が閻魔庁の補佐官になってから、現世の時間に換算して一週間が経った。珠美は、慣れない環境に戸惑いながらも、補佐官として仕事に打ち込んでいる。

 珠美の役割は、地獄の拷問道具の手配や書類の整理など、主に事務方の雑務をする事だった。

 ちなみに、もう一人の補佐官である菖蒲は、地獄で働く獄卒ごくそつ――従業員の人事評価や、刑罰の問題点の洗い出し、閻魔への現状の報告など、結構大事な仕事を任されている。



 そして今日、閻魔庁の広間で珠美は閻魔に告げられた。


「珠美、お前には今日、賽の河原に行ってもらう」

「え?」

「勘違いするなよ。例の芸術作品を作らせる刑を執行するわけではない」


 閻魔の話によると、今賽の河原で、子供達によるボイコットが起こっているらしい。つまり、石を積み上げる作業を放棄しているのだ。

 それで、珠美にボイコットの経緯を調査して欲しいのだと言う。


「あの……そういうのは菖蒲様の領分では……?」

「あれは今、他の業務で多忙を極めている。お前が行ってくれ」

「はあ……承知致しました」


 珠美は、自分に務まるかどうか不安に思いながらも頷いた。



 一週間ぶりに来た賽の河原は、以前とは雰囲気がまるで違っていた。獄卒数人と大勢の子供達が睨み合っており、ピリピリしている。

 ちなみに、側に奪衣婆もいるが、興味なさげにざるの中の小銭を数えている。


「……あの……お取込み中のところ申し訳ございません。少しお話宜しいでしょうか」


 珠美は、恐る恐る獄卒の中の一人に声を掛けた。


「あ? 何だお前は……って、補佐官の連城珠美!!」


 珠美に声を掛けられた男の獄卒は、驚きと恐怖の入り混じった顔で叫ぶ。

 実は、全ての獄卒が集まる集会で閻魔が珠美を紹介した事があり、その時閻魔が「珠美に何かあったら容赦しない」と恐い笑顔で言っていたのだ。


「珠美……いや、珠美様。お話というのは、このボイコットの事でしょうか?」


 獄卒が、先程とは打って変わって丁寧に言う。


「はい。ボイコットの原因や経緯をお聞きしたく……」

「それなら、俺が説明するよ」


 口を挟んだのは、黒髪を短く刈り上げた少年――加藤健一だった。


「健一君、一週間ぶりだね」


 珠美が笑うと、健一はドキリとした後、言葉を続けた。


「お、おう、久しぶり。……そ、その着物……に、似合ってる」

「ありがとう。……それで、ボイコ……石を積み上げるのをやめている理由を教えて欲しいんだけど……」

「あ、ああ、そうだった。俺達がこんな事してるのはな……閻魔が贔屓ひいきしているからなんだ」

「贔屓?」

「ああ、ほら、そこに座り込んでいる奴がいるだろう?」


 健一が指さす方を見ると、一人の少年が少し離れた所で体育座りをしていた。黒髪を短くカットしているが、髪はボサボサで、暗い顔をしている。年齢は、健一と同じくらいだろうか。


「あいつ、ここに来てから二日しか経ってないんだけど、明後日転生出来るらしいんだ。あいつを抜かせば、ここにいる子供は全員半年以上は石の作業をしているのに」

「そうなの……」


 子供が受刑者の場合、ある程度刑が執行されたら、現世に転生させるらしい。ずっと地獄で作業させるのも可哀想だし、かといって人生経験が少ないのに極楽に行かせるのもよろしくないだろうというのがその理由だ。


「……分かった。閻魔様に早く転生させる理由を聞いてみる。だから、もう少し石を積み上げる作業を続けてもらえないかな?」


 珠美が聞くと、健一は渋々といった様子で頷いた。


「……分かった。でも、待つのはあと三日だけだぞ」

「うん、ありがとう」


 珠美は、優しい顔で微笑んだ。

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