地獄へようこそ5

 翌日、珠美が賽の河原での作業を終えると、菖蒲が河原にやって来た。

「珠美様、重要なお話がございます。閻魔庁の広間までお越し下さい」


 そして今、広間には珠美、菖蒲、閻魔大王の三人がいる。沈黙が流れる中、珠美は戦々恐々としていた。まさか、正式に地獄行きを命じられるのだろうか……。


「……連城珠美」

「は、はいっ!!」


 閻魔の呼びかけに、珠美は緊張した声で応じる。


「お前には、賽の河原での作業ではなく、他にして欲しい仕事がある」

「な、何でしょう?」

「私の二人目の補佐官として働いて欲しい。もちろん給料は出す」

「え……」

「なお、拒否するなら即刻正式な地獄行きの手配をする」

「横暴!」


 何故自分が補佐官にと困惑しながらも、珠美は補佐官になる事を了承した。補佐官になるので、珠美の寮の部屋はグレードアップするらしい。


          ◆ ◆ ◆


 珠美が寮の新しい部屋に移った頃、広間では閻魔と菖蒲が二人きりで話をしていた。


「閻魔様、本当に珠美様を補佐官にして良かったのですか? 極楽行きか地獄行きかも確定していない者を補佐官にするなんて、異例中の異例ですよ」

「ああ、いいんだ。責任は私が取る」


 閻魔は微笑んで言った。そして、珠美に庇われた時の事を思い出す。


 閻魔はその立場上、亡者に恨まれる事が多々ある。何度も襲われそうになった。しかし、閻魔は気にしていなかった。亡者に襲われたくらいでは死なないのだ。

 そして周りの者も、閻魔を心配する事など無かった。悪気があったわけじゃない。閻魔のような強い者を心配するという概念が無かったのだ。


 しかし、珠美は違った。閻魔の身体ではなく、心の傷を心配していた。そして、閻魔は思った。この人間を自分の側に置いておきたいと。

 閻魔は今まで平気なふりをしていたが、無意識の内に心が疲れていたのかもしれない。


「……亡者に気付かされるとはな」


 閻魔は、笑みを浮かべて呟いた。


「そうだ、話は変わるが、菖蒲。お前……本当に珠美が自ら命を断ったと思うか?」


 閻魔が菖蒲の方を向いて聞いた。菖蒲は、腕組みをするとしばし考えてから答えた。


「何とも言えませんが……私の印象を申し上げるなら、珠美様は自死を選ぶようには思えません。上手く言えませんが、あの方は他人の命も自身の命も大切にしておられるように感じます」

「……そうだよなあ……」


 閻魔は、視線を宙に向けて言葉を漏らした。


        ◆ ◆ ◆


 翌日、珠美は閻魔殿の広間にいた。昨日とは違い、赤い着物を着ている。着物は無地だが、黒い帯には金色の糸で花柄の刺繍が施されており、高級感がある。


「よく似合っているじゃないか」


 閻魔が微笑んで言う。


「ありがとうございます。本日から、補佐官として宜しくお願い致します」


 珠美は、丁寧に言って頭を下げた。これから自分がどうなってしまうのか分からないが、今出来る事を精一杯やろうと決意しながら。

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