地獄へようこそ4

「では、早速寮に案内……」


 菖蒲が言いかけた所で、広間に大きな声が響いた。


「閻魔ああああ!よくも俺を地獄送りにしたなああああ!」


 珠美が振り向くと、広間の入り口に四十代位の男性が立っていた。黒いショートカットの髪型を見る限り、現代日本を生きてきた男に思える。白い着物を着ているので、恐らく地獄行きを言い渡された亡者だろう。


「あなたは、確か生前酒に酔って通りすがりの方に暴行を加え死亡させた……」


 菖蒲が、男の方を見ながら言った。


「確かに、俺は人を死なせた。でも、酔っていて正常な判断が出来なかったし、死ぬなんて思わなかったんだよ。俺は、今まで嫌な事があっても一生懸命会社で働いて来た。……それなのに、たった一回の過ちで地獄行きだなんて!」

「その一回の過ちで亡くなった方は、さぞかし無念だっただろうな」


 閻魔が、つまらなそうな表情で言う。男は返す言葉が見つからないのか、真っ赤な顔でブルブルと震えている。


「う……うああああ!!」


 男は叫ぶと、閻魔の方に突進していった。その手にはナイフが握られている。


「閻魔様!」


 菖蒲が叫んだ。男は、菖蒲の側を器用にすり抜け閻魔に迫っていく。しかし、男は閻魔を刺す事が出来なかった。


「え……」


 菖蒲が思わず声を漏らした。閻魔も目を見開いている。


――男の前に立ち塞がった珠美の腹部に、ナイフが深々と突き刺さっていたのだ。


「あ……」


 男は、ナイフから手を離し、よろよろと後ずさった。


「いたたたた……」


 珠美は、ナイフが突き刺さったままの腹部を手で抑え、床に膝を突いた。痛い。苦しい。白い着物の腹部が、真っ赤に染まってゆく。


「おい、誰か! この男を連れて行け!」


 菖蒲が怒鳴ると、職員らしき鬼が何人か駆け付け、茫然としている男を連行して行った。


 閻魔は、椅子から立ち上がり珠美の側に来ると、彼女の背中を擦った。


「安心しろ。このお前の身体は亡者に与えられる仮の肉体だ。痛みも出血もすぐに止まるだろう」


 閻魔の言う通り、じきに痛みが治まった。


 珠美の腹部からナイフを引き抜きながら閻魔が言う。


「しかし、お前は何故私を庇った。私は閻魔だ。ナイフごときで死ぬような身体では無いのは想像できただろう?」

「……それでも、痛いでしょう」

「え?」

「心が痛いでしょうって言ってんの!!」


 閻魔は目をみはった。珠美は、強い眼差しで閻魔を見ていた。

 しばらく無言で珠美を見つめていた閻魔は、やがて右手を額に当てて笑った。


「……そうか、ハハッ……そう思ってくれているのか」


 それからすぐに出血は治まり、珠美は閻魔庁に隣接する寮へと入った。

 寮の自室に入った珠美は、頭を抱えた。やってしまった。閻魔大王にタメ口をきいてしまった。

 それでも、珠美は庇った事を後悔していなかった。誰かが傷つくのを放ってはおけない。時間が巻き戻ったとしても、同じように閻魔を庇っただろう。

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