地獄へようこそ2

 閻魔殿の中になる広間に通されると、数人の鬼や亡者らしき人達が忙しそうに動き回っていた。鬼達に指示をする役割と思われる鬼が、珠美の方に近付いて来る。肩の辺りまである黒髪を束ねた美形だ。


連城れんじょう珠美様ですね。私は閻魔の補佐をしている菖蒲しょうぶと申します。どうぞこちらでお待ち下さい」

「……はあ、どうも……」


 珠美は、広間の中央に置かれている大きめの椅子に座って辺りを眺めた。広間の床はタイルになっていて、閻魔が座ると思われる椅子や側にある机も現代的だ。


 しばらくすると、一人の男が広間に入って来た。辺りに緊張感が漂う。

 その男は、二十代後半くらいに見えた。長い白髪をポニーテールのように束ねており、黒地の着物を着ている。顔には穏やかな笑みを浮かべているが、何故かしたたかさも感じた。


 男は閻魔が座ると思われる大きな椅子に腰かけ、右腕で頬杖を突くと、珠美を真っ直ぐ見て口を開いた。


「連城珠美だな? 私は閻魔だ。今からお前の今後を決める審理を行う」


 やはりこの男が閻魔か。漫画などでは厳つい顔に描かれる事が多いが、この男には中性的な美しさがある。

 閻魔は、机にある書類を見ながら話を続けた。


「連城珠美、享年二十四歳。中学や高校で生徒会長を務める。明らかに品行方正な為、本来閻魔庁に送られる前に行われるいくつかの審理は省略。大学卒業後は医療機器メーカーに就職するが、いわゆるブラック企業だった為徐々に疲弊。死因は……」


 言いかけたところで、閻魔が片眉を上げた。そして、補佐官の方を見て言った。


「菖蒲。何故死因が記載されていないんだ?」


 菖蒲は、無表情のまま答える。


「それが、浄玻璃鏡じょうはりのかがみの調子が悪くて……丁度珠美様が死亡する瞬間の映像が見られないのです。電池を取り換えたのですが」


 聞く所によると、浄玻璃鏡とは、亡者の生前の様子を映す鏡らしい。そんな道具に電池が使われているのか。


 浄玻璃鏡には、会社の屋上に上がる珠美の姿、屋上から落ちて地面にうつ伏せに倒れる珠美の様子が映されていたが、落ちる経緯が全く映し出されていない。


「困ったな……連城珠美、お前、落ちる経緯を覚えてないのか?」


 閻魔に聞かれ、珠美は口を開いた。


「それが……全く覚えていないんです。屋上に上がる所までは覚えてるんですが……」

「そうか……さて、どうするか……」


 しばらく書類を見て悩んでいた閻魔だが、やがて顔を上げると言った。


「連城珠美、お前を暫定的にさいの河原行きとする。なに、鏡の調子が戻るまでの間だ。お前が自らの意志で屋上から飛び降りたのでなければ、お前は極楽に行けるぞ」


 品行方正な珠美は本来極楽行きだが、自殺だった場合、親を悲しませた罪で地獄行きとなる為、このような処置が取られるのだそう。


「……承知致しました」


 珠美は、まだ自分が死んだ実感が湧かないながらも、頷いた。

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