地獄はアットホームな職場です

ミクラ レイコ

地獄へようこそ1

 気が付くと、珠美たまみは見知らぬ場所にいた。目の前には広い川があり、珠美は丸い石がいくつも転がる川岸に立っていた。


「ここ、どこ……?」


 珠美はそう呟くと、ある事に気付いた。つい先程までスーツ姿だったのに、今は白い着物を着ている。そして、着物はいわゆる「左前」という合わせ方になっていた。


「まさか……!!」


 珠美は、自分の頭に手をやった。そこには、三角形の布らしき物がある。漫画とかでよく見かける、幽霊の頭にあるアレだ。


 そう言えば、勤めている会社の屋上にフラフラと足を踏み入れた記憶がある。


――私は、屋上から落ちて死んだのか――


 茫然としていると、不意に声を掛けられた。


「あんた、何ぼけっとしてるんだい。金を払いな!」


 振り返ると、そこには少し汚れた白い着物を着た老婆がいた。


「あの……お金というのは……?」


 珠美が聞くと、老婆は呆れたように言った。


「知らないのかい。私は奪衣婆だつえば。死者から三途さんずの川の渡し賃をもらう事になってるんだがね」


 聞いた事がある。ここが三途の川か。そう言われれば、川には赤い欄干の橋が掛かっている。


「えーと、お金ですか……」


 珠美がふと足下を見ると、そこにはいつも珠美が使っているバッグが落ちていた。拾って中身を見てみると、財布がある。


「あの……足りるかどうか分からないですけど……」


 珠美は奪衣婆に財布を丸ごと渡した。珠美の財布には、数千円の現金とクレジットカード、その他クーポン券等が入っている。


「この金額じゃ足りないねえ。クレジットカードはここでは使えないし」


 このお婆さんはクレジットカードの存在を知っているのか。


 奪衣婆は、財布の中身を細かくチェックし始めた。そして、あるものに目を留めるとその目を輝かせた。


「これは、『魔法少女ルルちゃん』のレアカードじゃないか!……よし、これを貰おう。あんた、橋を渡って良いよ」


 ご機嫌で奪衣婆が言う。何でこの世界の住人が現世のアニメを知ってるんだ。確かに、ダークな世界観がウケた面白いアニメだけれど。


 変な気分になりながらも、珠美は橋を渡った。橋を渡ってしばらく荒れ果てた野原のような場所を歩くと、大きな建物が見えてくる。

 漫画とかでよく見る、和風と中華風が混ざったような立派な建物。恐らく、閻魔殿えんまでんだろう。


「はーい、そこの亡者さん、こちらへどうぞー!」


 珠美を見つけた門番が、まるで野外イベントのスタッフのような口調で珠美を呼ぶ。


「あ、どうも……」


 珠美は、軽く会釈して門を通った。チラリと門番を見ると、彼は二十歳前後の男性に見えた。頭に角が生えているので鬼なのだろうが、角以外は至って普通の人間だ。

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