2
サイファーは高揚していた。しばらく味わっていなかった気分だ。
〈SALUT〉が消滅し、生き残ったマキニアンたちがてんでんばらばらに散って以降、サイファーは何に対しても本気を出せなくなった。マキニアンのサイファーには、匹敵する相手がいなかったのだ。
オートストッパーが機能していても、サイファーを凌駕する敵は、人間にもメメントにもついぞ現れなかった。
退屈だ。退屈でたまらない。敵はどこだ。この身を滅ぼさんとする敵は。
サイファーの戦いへの渇望は、生への執着そのものだ。戦うために生きる。拳を、武器を、ありったけの力を存分に振るっている時だけ、生きていることが実感できた。
まだ足りない。まだ、暴れ足りない。
その飽くことのない渇望を、ようやく満たしてくれる存在が現れた。
真上から降ってきた鉄の塊を、サイファーは後方に跳躍して避けた。着地と同時に、鉄の塊が地面にめり込む。
小山のような鉄塊を避けもせず、乗り越えもせず破壊し、サイファーに近づくのは一人の青年。
十年間の凍結睡眠から目覚め、過去の記憶を失った男。
「ラグナ……」
体勢を立て直したサイファーは、こちらに歩み寄る足音と殺意に、神経を研ぎ澄ませた。
同じ〈
彼らは単独で、数百単位の敵と戦うことを前提に生み出されたマキニアンである。エヴァン・ファブレル――ラグナ・ラルスは、その中の一人だ。
ラグナは感情のない顔で、じっとサイファーを見ている。視力を失ったサイファーには、ラグナがどんな様子なのかを窺い知ることはできない。しかし、代わりに熱や気配を感じ取ることが可能だ。
ラグナから放たれる熱気は、サイファーに武者震いを起こさせた。熱気の正体はラグナの
その名は〈レーヴァティン〉。すべての敵を殲滅せしめる、炎の神剣の名を冠した最強の細胞装置のひとつ。
サイファーの右腕が、五つの金属管手に変化する。サイファーの細胞装置は〈ハイドラ〉。広範囲攻撃に長け、雷の属性エフェクトを持つ。
〈ハイドラ〉が四方に伸び、ラグナを囲んだ。管手が彼の首と両手足に巻きついた瞬間、サイファーは管手に電流を走らせた。ラグナの全身が、高圧電流に包まれ、青白いスパークが周辺を照らし出す。
一般人であれば、一瞬で絶命するほどの威力である。ノーマルクラスのマキニアンでもただでは済むまい。だが電流が止んだ後も、ラグナは平然とそこに立っていた。
電光石火、ラグナが〈ハイドラ〉の拘束を振り払い、瞬時にしてサイファーとの間合いを詰めた。ドラゴンの頭部と剣が融合したかのような形状の籠手型〈レーヴァティン〉で、サイファーの顎を狙う。
サイファーはその一撃を、上体をそらして避けた。即座に体勢を戻し、振り上がったラグナの脇下をくぐり抜け、がら空きの胴体に左拳を叩き込む。
ラグナがよろめいた隙に、再び〈ハイドラ〉を巻きつかせた。ラグナを持ち上げ、大きく振りかぶって廃棄コンテナの山に叩きつける。瓦礫と鉄の破片を飛び散らせ、ラグナがコンテナの中に沈む。
しかし次の瞬間、廃棄コンテナを破壊して、ラグナが姿を見せた。表情ひとつ変えず、無機質な緋色の目で、じっと
ラグナが駆け出し、真正面からサイファーに挑んだ。
〈レーヴァティン〉と〈ハイドラ〉がぶつかり合い、まばゆい火花が散る。互いに繰り出す殴打を、避け、受け流し、反撃を仕掛ける。そのスピードたるや、常人には決して追いつけない。
サイファーの右足が、ラグナの腿を狙って持ち上がる。ラグナはすかさずその足を抱え、サイファーの巨体を片腕で振り回し、鉄塔めがけて投げ飛ばした。
サイファーは空中で半回転し、鉄塔の柱にハンドワイヤーを飛ばして、柱の上に立った。気配を察して顔を上げたその目前に、剣型に変形させた〈レーヴァティン〉を振りかざすラグナが迫る。
突き出される一撃を、束ねた〈ハイドラ〉の管手で受け止める。弾いた反動で両者が離れた。ラグナは伸縮性のワイヤーを、サイファーの背後の鉄柱に巻きつけ、弾性の力をもって、再びサイファーに突進した。
高速で繰り出されるラグナの斬撃を、サイファーは受け払いながら、間合いをとる機会を計る。しかし、ラグナの動きは速く、まったく隙を見せなかった。
ラグナの攻撃が止まらない。ラグナの体温と〈レーヴァティン〉の熱で、位置や動きを把握しているサイファーは、徐々に
胸中で悪態をつく。それでも退くつもりはまったくない。それは意地などではなく、純粋な戦いへの欲望だった。
ラグナの一撃を
ラグナが鉄塔から落ちる。落下していくラグナに、ガトリングに変形させた〈ハイドラ〉のショットを雨あられと浴びせた。
ラグナの姿は、充満する火花と硝煙の中に消えた。
サイファーは鉄柱に立ち、やや乱れた呼吸を整える。と、そのとき。
足元の鉄柱が大きく揺れた。金属と金属がぶつかり合う轟音を響かせながら、鉄塔が崩壊し始める。
サイファーは、崩れゆく瓦礫の上を次々と飛び移り、鉄塔の外側へと脱出した。地面に降り立って数秒後。堅固だった鉄塔は、もろくも崩落した。
崩壊の衝撃で舞い上がった土煙が、周囲を覆いつくす。もうもうと立ち込める埃の向こうから、光り輝くものを携えた人影が現れた。
サイファーには見えずとも、その光り輝くものの放つ苛烈な熱エネルギーを、肌に刺さるほど強く感じ取れた。
乾いた笑いがサイファーの口から漏れる。とうとうそれを使うか、と。
土煙の中から姿を見せたラグナの右腕は、再度形状を変えていた。烈火の如く煌々と光り、細い金色のスパークを纏うレーザーブレード。ラグナを含む三人の〈処刑人〉だけに与えられたスペック、光学兵器である。
光学兵器の攻撃を防ぐには、特殊な防御システムが必要なのだが、サイファーの手元にそんなものがあるはずもない。
ここまでか、と自虐的に笑う。
光学兵器を使う――〝
だからといって、サイファーの戦意は失われはしない。むしろ更に高まるくらいだ。
〈レーヴァティン〉が、サイファーに向けて掲げ上げられる。細胞装置が起動し、レーザーブレードからビームキャノンに変形した。
照準がサイファーに定められた瞬間、砲口から超高熱の光砲弾が放たれ、サイファーの周辺で炸裂した。
回避した光砲弾は、コンテナの山や重機、別の鉄塔に命中すると、一瞬にしてそれらを燃え上がらせた。熱波と爆風が嵐となって、サイファーの肌を
〈レーヴァティン〉の光砲弾攻撃は、容赦なく続いた。サイファーは熱感知能力で、辛うじて攻撃を避けた。しかし、周囲の温度が上昇するにつれ、徐々にラグナ本人の熱反応が紛れていく。サイファーは〈ハイドラ〉のガトリングを構え、ラグナのいる場所に向けた。直後、ラグナの反応が、熱気の中に消えた。
サイファーは雄叫びを上げ、積乱雲のように立ち昇る爆煙の中に潜んでいるはずのラグナに向けて、ガトリングショットを撃った。
〈ハイドラ〉が幾重もの火花を散らすさなか、突然サイファーの首に何かが絡みついた。次の瞬間、サイファーの身体は宙に持ち上がり、半円を描いて地面に叩きつけられた。
背中を強打し、一気に肺から空気が吐き出されたサイファーは、瞬間的に呼吸困難に陥った。
「ぐう……ッ!」
苦痛に思わず呻き声を上げるサイファーの腹の上に、どこからか現れたラグナが馬乗りになる。サイファーの胴体を両足でがっちりと締めた状態で、再び籠手型に変形させた〈レーヴァティン〉を振りかざす。
サイファーはブリッジで窮地を脱しようとした。しかしそれよりも速く、ラグナの拳がサイファーの顔面に叩き込まれた。
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