TRACK-6 生き様
1
「私の父フェルディナンド・メイレインは、二年前まで国防研に勤めていたけれど、元々は〈イーデル〉の研究者だったの」
アルフォンセは訥々と語り始めた。
「父の所属は特殊武器開発部。クロセストの研究開発を行っていたのよ」
「じゃあ、〈
「ええ、父の研究チームが開発したものが使われていたわ。あなたの〈イフリート〉もそう。マキニアンに搭載される
当のマキニアン本人であるエヴァンは、そういった開発関連の繋がりをよく知らなかった。知らされていない、というのが正しい。
「クロセストの開発ということは、その素材であるクリミコンを造りだしたということでもあるわ。クリミコンはメメントに有効な、唯一の物質。クリミコンを生成するには、メメントの研究が不可欠になる。メメントはなぜ誕生したのか、その正体は何なのか。二つの開発チームは、長年研究を重ねて、そうしてやっと突き止めたの。メメントが生み出される原因を」
「それって、一体」
「モルジットよ」
アルフォンセは少しだけ身を乗り出した。
「それを発見して、名づけたのは父。モルジットという見たこともない物質――私は寄生虫のようなものだと教えられたけれど――それが生物の死骸に侵蝕すると、生体組織が宿主本来とはまったくかけ離れたものに変化してしまうの」
「それがメメントってことか」
「そう。ただ、メメントが生まれる原因がモルジットであることは判明したけれど、モルジットそのものの正体は、いまだに判っていない。どうして生物の死骸に侵蝕するのか。どうして怪物に変えてしまうのか。そもそも、この地上にもとから存在した物質なのか、根本的な部分は解明されてないのよ。惑星外から飛来したものではないか、という説が有力視されているけれど、決定的な裏づけはないわ」
「惑星外ってのは、つまり、宇宙から来たんじゃないかってこと?」
SF映画の世界の話をしているかようだ。
「ええ。でもその説を立証するには、モルジットが含まれた惑星外物質の発見が必要ね。この問題を解決するには、
アルフォンセは少し喉を休めてから、先を続けた。
「父の研究の話に戻すわね。さっきも言ったように、父の専門はクロセスト開発。そのために根本的原因であるモルジットの研究を進めていたの。モルジットは極めて微小で、顕微鏡でも発見がとても難しいものなの。ほとんど不可視ね。でもメメントに対して、より効果的なクロセストを造り出すには、どうしてもモルジットを捕捉して、徹底的に調べる必要があった。だから、父は……」
アルフォンセは席を立ち、リビングの方へ姿を消した。間もなく戻ってきた彼女の手の中には、あの銀色のカプセルが握られていた。
アルフォンセは銀のカプセルをテーブルに置き、再び座る。
彼女が持ってきたカプセルは、エヴァンたちが入手したものより、ずっと小型だった。エヴァンは自分が持っているカプセルを取り出し、アルフォンセが持ってきたものの隣に置いた。
「父はモルジット捕捉のために、この〈スペル〉を造ったの」
「〈スペル〉? これが?」
アルフォンセは頷く。
「〈スペル〉の本来の目的は、モルジットを探知し、収集すること。モルジットは突然発生し、空気中を漂うもの。それは肉眼では捉えられないうえに、どういう条件によってその場所に発生するのかも判らない。そんなモルジットを、探し出して捕捉するために〈スペル〉が造られた」
「メメントの原因が、その、モルジットとかなんだとかって、俺たちは聞かされてないぜ。〈SALUT〉の誰も知らなかったんじゃねえかな」
「機密事項になっていたからよ。モルジットについて知っているのは、父たちの研究チームと〈イーデル〉や〈
「命令って、何のために」
「軍用化するためよ。モルジットを〈スペル〉に捕捉して意図的にメメントを生み出し、そのメメントを操作して、軍用するつもりだったの」
アルフォンセは痛みに耐えるように、表情を曇らせた。
これにはエヴァンも呆れるしかなかった。メメントを軍事利用するだって? 考えついた奴は馬鹿なのか?
「メメントを兵士代わりにする気だったのか? それじゃあマキニアンは、なんのためにいたんだよ。俺たちはメメントと戦うのが役目だったんだ。〈政府〉がメメントを軍用する気だったっていうなら、俺たちがやってきたことは何なんだ……」
急に自分が無価値な存在になったような気がした。必要とされて誕生し、世に平和をもたらす一環として活動していたのだと信じていた。それなのに、怪物を討伐せよ、と命令を下してきた〈政府〉は、討伐対象を兵器として利用する計画を立てていたのだ。
矛盾している。これではマキニアンの存在意義が破綻するではないか。
「父も同じことを言っていたわ。本末転倒だと。マキニアンのことも、ゆくゆくは軍用化するつもりだっただろうって」
「それって、つまり戦場に送るってことだよな。マキニアンと一般兵を戦わせる気だったってのか」
考えただけでも虫唾が走る。サイファーの言葉が脳裏を過ぎった。
――オートストッパーを解除すれば……。
冗談じゃない。エヴァンは拳を握り締める。俺たちは戦争の道具になるためにいるんじゃない。
「〈スペル〉の小型化によって、父が恐れていたことは、もう一つあるの」
と、アルフォンセ。
「それは人体への投与。モルジットはあらゆる生物の死骸に侵蝕して、メメントに変えてしまう。では生きたままの人間にはモルジットは侵蝕しないのか。侵蝕した場合、どのように変化するのか。〈イーデル〉は、そんな恐ろしい人体実験を実行しようとしていたのよ。父が〈スペル〉を発明したのは、人類の脅威であるメメントを駆逐するためだった。なのにそれを軍事利用するなんて、ましてや生きた人間に使うなんてありえない。父はこの計画に猛反対したけれど、人体実験の執行は正式に決定してしまった。その矢先に〈パンデミック〉が起きたの」
〈パンデミック〉による大混乱のために、〈イーデル〉は事実上解体。惨劇の中を生き残った研究員、職員らは国防研に移籍。〈イーデル〉で極秘に進められていた研究は封印され、〈スペル〉の人体投与実験も、当然なかったことにされた。
国防研も〈イーデル〉と同じく〈政府〉直属の組織だが、〈イーデル〉の方が、より機密性の高い研究を行っていた。それは国防研にも秘密にしている部分であり、互いに一部の技術を提携しているとはいえ、表向き存在しない研究を国防研にまで持ち込むことはできなかったのだと、アルフォンセは説明した。
「幸い父は〈パンデミック〉から逃れて、そのあと国防研に移籍したけれど」
アルフォンセが目を伏せる。長い睫毛が震えた。
「父の助手として同じ研究チームにいた兄は、逃げ遅れて、そのまま……」
「そうか……」
「遺体も見つかっていないの。兄のように、ご遺体が発見されてない方は大勢いるわ。でも今、跡地は立ち入り禁止区域になっていて、もう捜索もできない」
テーブルの上で組まれたアルフォンセの両手が、固く握り締められた。
こんなとき、気の利いた言葉でもかけてやれればいいのに。何と言ってやればいいか、エヴァンには分からなかった。
「ごめんなさい、話を戻すね。〈スペル〉に関する研究のすべては、父が代表で、外部に漏れないように厳重に管理することになったの。責任を取るために」
「責任?」
「〈スペル〉を造ってしまったことを後悔してるって、電話でよく言っていたわ。自分が〈スペル〉を造らなければ、こんな恐ろしいことにはならなかっただろうって。〈パンデミック〉は、〈スペル〉で収集したモルジットが暴発して起きたものだと、父は考えていたのよ。それが事実なら、父が背負った責任はとてつもなく大きいわ。その償いのために、国防研に移ってからも、父は身を粉にして働いたのだと思う。これ以上モルジットによるメメント増加を防ぐために。〈スペル〉を悪用されないために。私は、兄ほどにはなれないけれど、どうにか父の手伝いができないかと、自分なりに勉強した。クロセストや、メメント、マキニアンについて。国防研の採用試験を受けて、兄の代わりに助手になろうと思ってたの。重すぎる責任を負った父を、少しでも助けたかった。それなのに」
アルフォンセの深海色の瞳が、みるみるうちに潤んでいく。つ、と一筋、涙が頬を伝い落ちた。
「二年前、父は突然亡くなってしまった。国防研の最上階から落ちたの。父の死は、ろくな捜査もされずに自殺扱いされたわ」
「な、なんで」
「父に関する捜査が行われることで、モルジットや〈スペル〉の存在を公表されることを恐れた〈政府〉が、裏から警察に手を回したんだと思う。それと同時に、〈パンデミック〉事件の責任を、父一人に押し付けたかったのかもしれない」
それが本当ならばあまりにも惨い。エヴァンの〈政府〉に対する憤りは、ますます膨らんでいった。
「私には、父が自殺したとは考えられなかった。たとえ重責を背負っていたとしても、それを放り投げてしまうような人ではなかったもの。もっとちゃんと捜査してほしいと、何度も警察にお願いしたけれど、取りあってはもらえなかった。だから私、自分で調べることにしたの」
フェルディナンドの死後、父と離れて暮らしていたアルフォンセの元に、遺品が届けられた。その中に、フェルディナンド本人による、娘に宛てた映像ディスクが含まれていた。
ディスクの内容は、今しがたアルフォンセが語った、モルジットとメメントについてのことだった。〈政府〉は軍部に命じて、化け物を新戦力に加えようと企んでいる。自分の研究がその邪な計画に利用されようとしている、と。
更に父は、数ヶ月間、ある人物からの脅迫を受けていたらしかった。
曰く、小型〈スペル〉を渡せ、従わなければ娘を殺す。安直だが、子を持つ親にとっては効果的な脅しだ。フェルディナンドはやむなく従ったが、彼の〝秘策〟は隠し通すことができた。
フェルディナンドの〝秘策〟とは、〈スペル〉に収集したモルジットに対抗しうる、いわばワクチンの役割を果たす薬である。万が一に備えて、〈スペル〉とともに造り出していたのだ。
「それがこれよ」
アルフォンセがテーブルに置いたのは、透明な黄色いカプセルだった。
「体内に入り込んだモルジットを排出するための薬。ただこれは、モルジットがまだ全身に浸透していないうちに飲まないと効果がないのよ。あなたにもこれを飲ませたの。あなたはマキニアンで、身体組織にクリミコンが含まれているから、一般人よりずっと抵抗力が高くて、回復も早かったんだわ」
「俺? これ飲んだの?」
エヴァンは首を捻って、夕べのことを思い出そうとした。
「うーん、飲んだ覚えないけどな」
「の、飲んだわよ。意識が朦朧としてたから、覚えてないのよ」
アルフォンセはなぜか、顔を赤く染めている。身に覚えのないことだが、彼女がそうだと言うのならそうなのだろう、と、エヴァンは納得することにした。
アルフォンセは居住まいを正し、気を取り直して話を続けた。
父フェルディナンドは、映像の中で娘にこう訴えていた。
――〈政府〉の恐ろしい計画に加担するつもりはない。だが〈パンデミック〉の責任は果たさなければならない。
――今、自分を脅迫している人物は、〈政府〉とは関係ないようだ。奴の真意は分からないが、これも阻止しなければならない。
――自分にもしものことがあれば、アルフォンセに遺志を継いでほしい。他の誰も信用できない。自分の枷を背負わせるのは忍びないが、どうか分かってくれ。
――〈政府〉は信用するな。
アルフォンセへの遺言ともとれる言葉を最後に、映像は終了した。映像録画の日付は、フェルディナンドが死亡する数日前だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます