部屋のドアを開けると、同じタイミングで向かいのドアも開いた。お互い相手の姿を認め合うと、それぞれ異なる反応を示した。

 エヴァンは表情を明るくしたが、アルフォンセ・メイレインは戸惑いの色を浮かべ、下を向いた。

「お、おはよう!」

 エヴァンは努めて明るく、さりげなく声をかけた。無視されるかもしれないと思ったのだが、彼女は目をそらしつつも、

「おはようございます」

 一応の返答はしてくれた。

「こ、これから仕事? 俺もなんだ」

「そうですか……。それじゃあ、あの、お先に失礼します」

 アルフォンセはワンピースの裾をひるがえしてエレベーターまで急くと、そそくさと乗り込み去っていった。

 この間、一度も目を合わせてくれなかった。

 エヴァンは絶望的な気分で、情けないため息を深々と吐く。

「ああ、駄目だ。完全に不審者扱いされてる」

「ていうより、完全な変態でしょ」

 背後から冷たい言葉をぶつけられた。誰がうしろにいるのか、声で分かる。憂鬱な気分で振り返れば、案の定、天敵マリー=アン・ジェンセンが、小学校の制服姿でエヴァンを見上げていた。

「誰が変態だ、誰が」

「変態が嫌なら、変質者でもいいんじゃない」

「どっちも一緒だろソレ」

 エヴァンはもう一度、今度は小さくため息を吐くと、エレベーター前に移動した。後ろからマリーもついてくる。

 先ほどアルフォンセが使用したので、エレベーターは下に降りたままだった。上昇ボタンを押し、到着を待つ。

「あんたさあ、あの人が本気で好きなの?」

 隣に立つマリーが、大きな瞳でエヴァンを見上げる。意地の悪い発言がなければ男子にモテるんだろうな、とエヴァンはふと思った。

「まだ名前しか知らない相手を、よく好きになれるね。変態って思い込み凄い」

「うっせーな。初対面があんな感じになって、気まずくなってるから、ろくに話もできてないんだぞ。どうやって名前以外のことを知りゃあいいってんだ」

 エレベーターが到着した。乗り込んで、1Fを押す。

 エレベーターが降下を始めると、マリーが言った。

「あたし知ってるわよ。アルフォンセのお仕事とか、いろいろ」

「は?」

 驚いてマリーを見下ろす。天敵少女は勝ち誇った様子で微笑んでいる。

「あたしたち、結構仲良くなったんだ。メールもやりとりしてるしね。昨日はうちに食事に呼んだんだよ」

「ななな、なんでその場に俺を」

「呼ぶわけないじゃん馬鹿。あんたのお膳立てなんてしないわよ」

「俺のこと、何か言ってた?」

「全然」

「……あっそ」

 変態と思われていようが、話題にもされない寂しさよりはましだ。

 あの最悪の出会いから数日経過した。何度か顔を合わせる機会はあったものの、アルフォンセとの距離が縮まることはなかった。会っても、当たり障りのない挨拶を交わすだけ。明らかに避けられている。

 嫌われているにしても、気味悪がられているにしても、彼女の信頼を得るために、乗り越えなければならない壁は山より高い。前途多難である。

 エレベーターが一階に到着した。先に降りたマリーが、エヴァンを振り返る。

「脈なしってあきらめる気はないんだ? あんたとアルフォンセとじゃ、あんまりにも釣り合わなさすぎじゃない? 見た目も中身も」

「ほっとけ。どうせ俺は、頭悪いしかっこよくねーよ」

 アルフォンセのような可憐なタイプの女性には、ヤンキーめいた風貌のエヴァンは不釣合いだろう。

 エヴァンがいじけて俯くと、マリーは、

「そうでもないと思うけど……」

 ぽつりと呟いた。

 意味は分からなかったので、あえて反応しないでおいた。

「アルフォンセのアドレス、教えてあげようか」

「え? マジか!?」

 さっきまでの意気消沈はどこへやら、一瞬にして歓喜するエヴァン。そんな彼を、少女の言葉が再び奈落に突き落とす。

「うっそー。本人の許可がないのに教えられるわけないじゃん、ほんと馬鹿だね」

 エヴァンの喜びは、水に濡れた綿菓子のように消滅した。  

「てンめェェえええ……オトナからかうのもいい加減にしろよな!」

「あんたなんか、ただ身体が大きいだけで、子どもと一緒じゃない。もうちょっとレジーニさんを見習ったら? じゃあねー」

 心に悪魔を飼う少女は、けらけら笑いながらエヴァンに背を向け、軽やかに歩いていった。

 エヴァンは少女の背中に、コウモリの翼を見た気がした。

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