TRACK-2 熱と氷

 荒野に敷かれた道路を、一台の大型電動車が走っている。

 窓にはスモークフィルムが貼られており、内側に鉄格子がはめ込まれている。車両の外装は、傍目には分からないが防弾仕様だった。

 運転席と、車体の四分の三を占める後部座席の間は、厚い鉄の壁で隔てられている。二つの空間をつなぐものは、小さな格子窓のみ。

 後部座席は、左右向かい合わせにしつらえてあり、十人の男たちが座っていた。皆、くすんだオレンジ色の繋ぎを着て、両手両足を枷で拘束されている。

 彼らは囚人。この車は護送車である。

 


 荒野の道路を走り始めてから、一時間近く経過している。囚人たちは退屈な時間を、互いの罪暦を語り合うことで凌ごうとした。しかし口を開くと、即座に助手席の警察官に咎められるので、いつしか誰も言葉を発しなくなった。


 無言の空間となってから、しばらくのこと。

 護送車が急停車した。何事か、と囚人たちは顔を見合わせた。窓に貼られたスモークフィルムは、外の景色がほとんど見えないようになっている。だから囚人たちには、現在地がどういう場所なのか分からない。

 目的地に着いたのだろうか。

 前方の運転席側がざわついている。助手席のドアが開閉する音が聞こえた。警察官が車から降りたようだ。

 少し間が空いた後、耳を裂くような男の悲鳴が響き渡った。運転席のドアが開き、残っていたもう一人の警察官も外に飛び出した。

 直後、再び悲鳴が上がる。

 そして、唐突に沈黙が訪れた。


 車両に取り残された囚人たちは、互いの顔を見合わせた。いったい何が起きたのか。ろくなことではないだろうことは、容易に想像がつく。

「おい、なんか、ヤバいことでもあったんじゃねえか」

「ヤバいことってなんだよ」

「俺が知るか」

「警察官ども、どうなっちまったんだ。まさか俺たち、こんな所に置き去りか」

「冗談じゃねえ。どうにかして出ようぜ」

 囚人たちは、両手足を拘束する枷を鳴らして立ち上がった。何が起きたか知らないが、警察官二人に異変があったことは間違いない。その〝異変〟が、自分たちに降りかかるのは御免だ。

 それに、逃げ出すにはいいチャンスである。このまま馬鹿正直に、監獄行きを待っていられない。

 囚人らは頭を寄せ合い、しっかりと施錠された護送車両の扉の鍵を、どうやって開けるか知恵を絞った。

 そのとき。

 凄まじい轟音とともに、護送車が大きく揺れた。囚人たちはよろめき、近くのあらゆるものにすがりつく。バランスを崩した幾人かは、無様に尻餅をついた。

 轟音と振動が収まった後、彼らの目に、異様な光景が飛び込んできた。

 固く閉ざされていた両開きの扉が、まるごとむしり取られていたのだ。

 囚人たちがあっけにとられている中、開放された扉の前に、長身の男が現れた。

 男は縮れた長い黒髪と長身の持ち主で、くたびれたロング丈のミリタリージャケットをまとい、ワークパンツと古いエンジニアブーツを履いていた。不気味な赤いレンズのゴーグルを装着しているため、顔はよく分からない。

 男の足元には、真っ赤な血溜まりが広がっていた。誰が流した血なのか、教えられずとも察しがつく。

 赤いゴーグルの男は、口の端を吊り上げてにやりと笑い、

「よう」

 低く重い声で、軽い挨拶を投げかけた。

「お前らはクズだ。社会からはみ出し、ゴミ置き場に溜まる害虫だ。世間に身の置き場はない。どこへ行こうが追われ続け、行き着く先は処刑台。それでも」 

 男は囚人たちを誘うように片手を背後に伸ばし、言葉を続けた。

「まだ暴れ足りねえと言うのなら、俺と来るがいい」

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