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「解散!?〈
オズモントの淡々とした説明を聞いたエヴァンは、息を詰まらせそうになった。
メメントを相手に、五十人のマキニアンが壊滅までに追い込まれるなど信じられない。〈SALUT〉がメメントに敗戦を喫したことなど、今まで一度たりともなかったのだ。
「そんな話信じらんねえ。俺たちマキニアンが、メメントに負けるわけねえよ。そもそもそんなデカい事件だってのに、俺が知らねえなんてありえないだろ。なんで俺は、駆逐作戦に出されなかったんだ」
エヴァンは〈SALUT〉の新参者だが、大抵のメメント討伐任務には出動していた。それなのに、陸軍まで駆り出されるような作戦から外されるとは。少なからず、マキニアンとしてのプライドが傷ついた。
だが、思い当たる節はある。エヴァンはそこに気づき、自虐的なため息をついた。
「ああ、でも、しょうがねえのかな。俺、粗悪体だし」
「落ちこぼれってか」
はっきりした言葉で、ヴォルフが言い直した。
「ズバッと言うなよ。ちょっとヘコむだろ。まあ……そのとおりだよ。てか、他の奴らが有能すぎんだよ。俺だってやるときはやる。でも、作戦から外されてる間、俺はどこでどうしてたんだ?」
肝心な部分が、頭の中からすっぽりと抜け落ちていた。
いったん口を閉じていたオズモントが、エヴァンの疑問に応じる。
「おそらく、の話だが。君は〈パンデミック〉が発生する前に、コールドスリープを施されたのだろう。そのまま眠らされている間に事件が起きた。混乱の中、君を収めた装置は地中に埋まってしまい、君はそのまま眠り続けることになったと、そんなところではないかと思う」
オスモントはそこで言葉を切った。先をどう続けるべきか迷っているらしく、口を開けたり閉じたりを繰り返していた。
やがて心を決めたのか、オズモントは深く息を吸い込んだ。
「〈パンデミック〉事件が起きたのは、今から十年前。君は十年間眠っていたことになる」
「十年!?」
エヴァンは弾かれたように立ち上がった。ずれた毛布を落ちる寸前で慌てて掴み、腰に巻きつける。
「う、嘘だろ?」
「本当だ」
「それじゃあ、他の連中はどこにいるんだ? 解散なんだろ? 全滅じゃないんだろ?」
「分からない。解散、と言われているだけだ。さっきも言ったが、詳細不明なのだ。君以外のマキニアンが実際どうなったのか、今となっては誰にも分からんよ」
勢いよく立ち上がったエヴァンは、ぷっつりと糸が切れた人形よろしく、どさっとソファに座り込んだ。
十年間眠らされていたなんて規格外だ。おまけに目覚めてみれば見知らぬ場所で、所属していた組織は失われていた。そもそもなぜ、コールドスリープなど施されたのか。まったく見当もつかない。
急に地面が崩壊してしまった気分だ。どこに足を置いて、どう歩けばいいのか見当もつかない。
放心状態のエヴァンに、ヴォルフが咳払いして話しかける。
「その、なんだ、仲間のことが心配なのは分かるが、ひとまず落ち着けや」
「別に。仲間ってほどでもなかったから」
エヴァンはそっけなく返した。
「ただ、それでも……ちょっとはショックだな」
〈SALUT〉におけるエヴァンの扱いは、まさしく底辺だった。
研究者らはエヴァンを含むマキニアン全てを、メメント討伐の兵器としか見ていなかった。それに加えて、マキニアンの中でも粗悪体――落ちこぼれであるエヴァンは、他の優秀なマキニアンたちと常に比較され、蔑まれていた。
それだけではない。同じマキニアンたちにさえ見下され、馬鹿にされる始末だ。エヴァンの性格がいくら単純明快であったとしても、そんな連中の生死や行方を気にかけるほどお人好しではない。
ただ、そんな中でも数人だけ、親しかった友人はいた。気がかりなのは彼らのことだ。友人たちがそう簡単に死ぬとは思えない。どこかで生きてくれていると信じたい。
しかし、彼らの心配ばかりもしていられなかった。これから自分はどうすればいいのか。一番の問題はそこだ。
どこへ行き、どう生活していけばいいのだろう。
これまでの生活圏は〈イーデル〉内のみ。やれることは
自分の存在を支えてきたものがすべて失われたエヴァンには、この身ひとつしか残されていなかった。
両膝に両肘をつき、掌に顔を埋める。そのまましばし黙り込んでいたエヴァンだが、突然ばっと顔を上げた。
「いいやもう。どうとでもなれ」
吹っ切れるのは早かった。小難しいことを考えるのは性に合わないのだ。
物事はあるがままに受け入れる。その方が、なんだかんだでうまくいくものだ。
とにもかくにも、自分はまだ生きている。しかも経緯はどうあれ、自由の身だ。初めての〝自由〟だ。
もう兵器扱いされることもない。それに生きていれば、いつかどこかで友人たちとも会えるかもしれない。
そう考えると、十年眠っていたというのも――真実かどうかはさておき――存外悪くないのではないかと思えた。
「どうとでもなれって、やけに立ち直りが早えな」
呆れているのだか感心しているのだか、ヴォルフが首を振って唸る。
エヴァンは居住いを正して頷いた。
「ぐだぐだ考えてたってどうしようもないだろ。なるようにしかなんねーんだから。それに俺、考え続けるの苦手だし。」
「ああ、そんな面してるな」
「どういう意味だよ」
渋面になるエヴァンに、オズモントが淡々と尋ねた。
「しかしエヴァン。君はこれからどうするつもりかね。行く当ては?」
「行く当てなんかねーよ」
エヴァンはきっぱりと答えた。
「〈SALUT〉がもうないんなら、軍に戻るつもりはないね。俺はこれから自由に生きてくんだ」
「家族はいないのかね」
「俺、孤児だからさ、親も分かんねえ。なあ、俺が住める所、どっかないかな? 俺、施設や軍部の暮らししか知らねえんだ。普通の一人暮らしって、どうやったらできるんだ?」
エヴァンが目を輝かせて問うと、ヴォルフとオズモントは顔を見合わせた。
「それについては、ひとつ提案がある」
オズモントがヴォルフに目配せした。熊男は頷いて、話の続きを引き受ける。
「お前に行く当てはないだろうってのは、予想してたことだ。だったらお前、俺と来い。ちょうどメメントと戦える人材が欲しかったところでな。もうメメント退治はしたくねえってんなら、俺たちはお前との関わりを絶つ。起こした責任として、当分の生活費を工面してやるから、好きな場所へ行って好きにやれ。だがそうでないんなら、俺んとこに来い。仕事と住む所を用意してやる。どうだ」
「メメント退治の人材って、あんたら何者だ? なんで民間人がメメントのこと知ってんだよ」
「小僧、軍以外にもな、それなりの裏事情ってのがあるんだよ。来るのか来ねえのか、どっちだ」
エヴァンは口を閉ざし、しばし考えた。答えはほぼ決まっている。今のエヴァンには、どこであろうと〝居場所〟が必要だ。メメントとの戦いは嫌ではない。嫌だったのは〈SALUT〉での扱いの悪さだ。
残る問題はヴォルフとオズモント。二人を信用していいかどうかだが、エヴァンは他人に対する評価は、第一印象を信じるようにしている。
エヴァンは迷いなく頷いた。
「わかった。行く」
*
ヴォルフ・グラジオスは、裏稼業者に仕事を斡旋する窓口役だという。表で飲食店を経営しつつ、第九区一帯の裏社会を取りまとめているそうだ。
シーモア・オズモントは裏稼業者ではなく、ワーズワース大学の現役生物学教授だった。以前は国防研(国家防衛研究所)に勤めていたらしい。国防研と〈イーデル〉は、一部技術提携している。マキニアンについて詳しかったのは、〈パンデミック〉を生き延び国防研に移籍した〈イーデル〉研究者の一人と交流があったからだそうだ。
そんな彼が、どういう経緯で裏社会の住人であるヴォルフと出会い、協力関係を結ぶに至ったのか。そのあたりの話は聞かされていない。
こうしてエヴァンは彼ら二人によって、
ヴォルフは約束どおり、エヴァンに住む部屋を用意してくれた。それが今のアパートだ。
仕事と住居を提供してくれたヴォルフだが、二つの条件があった。一つはメメント討伐――〈異法者〉としての仕事がないときは、ヴォルフの店を手伝うこと。
もう一つは、ある男と組むことだった。
引き合わされたのがレジナルド・アンセルム――レジーニである。
ヴォルフは以前から、一匹狼だったレジーニに相棒をつけたいと考えていたそうだ。はじめは相当嫌がっていたレジーニだが、ヴォルフへの義理を汲み取ったようで、渋々――心の底から、というのが肌で感じられるほど渋々――エヴァンとのコンビ結成を承諾した。
といっても、まだ正式な相棒ではない。レジーニのパートナーとしてふさわしいかどうか見極めるため、三ヶ月間の「試用期間」が設けられた。
この期間内にレジーニに認められなければ、彼とのコンビは成立しない。試用期間の設定を条件付けたのは、レジーニ本人だった。
エヴァンとレジーニは水と油だ。直情型のエヴァンに対し、レジーニは理詰めで行動する。口や頭の回転では絶対に勝てない。純粋な体力勝負なら、確実にエヴァンの方が上だ。しかしレジーニには、マキニアンに及ばない体力を補っても余る知力と経験がある。それに彼の格闘技術は、他の裏稼業者と比べても高水準だ。これまでに相当な修羅場をくぐってきたことが窺える、紛うことなき実力者である。
今のところ両者は対等な相棒というより、エヴァンが一方的に使役されているような状態だ。試用期間終了まで、あと二週間ほど。残り時間は少ない。
マキニアンのエヴァンは一人でも〈異法者〉としてやっていけるが、レジーニとコンビを組めるのなら、その方がいいと考えている。
向こうがどう思っているかはさておき、エヴァン自身はレジーニに信頼を寄せつつあった。毒舌家でSっ気の強い気性だが、筋は通す男だ。
表では熊のような店主にこき使われ、裏では意外と短気な相棒に顎で使われ、メメントと戦う生活。
一見ハードだが、彼女がいない、という点を除けば、エヴァンは満ち足りていた。ヴォルフもレジーニも、出自の特殊なエヴァンを偏見なく受け入れてくれているし、アパートの住人たちも――約一名、心に悪魔を潜ませているが――気のいい人ばかりだ。
十年間コールドスリープ状態だったが、生活へのブランクはあまり感じなかった。そもそも〈イーデル〉の外の暮らしなどほとんど知らなかったのだから、ブランクの感じようがない。街で触れる何もかもが新鮮で、むしろ楽しいくらいだ。
その代わり、ようやくちゃんと生きられる場所にたどり着けた気がする。
平凡な日常を実感するたび、エヴァンはしみじみとそう思うのだ。
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