17.GWデート・フェスティバル ―視点K―
紗良は激辛カレー『羅生門』を、唇を真っ赤に染めながら完食した。
「っはぁぁぁ!! 辛かったァァ!」
「苦しみながら食べるって、どういう神経してるんだよ」
「たまに食べたくなるんだよねー、刺激的なもの。それにさ、はぁはぁ言いながら食べるのも楽しいじゃん!」
紗良が口をアヒルのように尖らせる。
小さい頃からそうだが、こいつのチャレンジ精神というか、胆力みたいなものはどこから湧いて来るんだろう。
快龍は空っぽになった二人分の皿を見つめていた。
食事そのものが「楽しい」という感覚は、あまりよくわからなかった。
「俺たちもステージ見に行くか?」
「んー。もうちょっとここにいたいかな。話したいこともあるし」
紗良は両手で頬杖をついて、目の前に座る快龍を見ていた。
ボブヘアの先端が、外側にくるんとカールしている。
明るい彼女によく似合う髪型だと思った。
「話したいこと?」
「いいニュースと悪いニュースがあります! どっちから聞きたい?」
彼女が両手をぱっと広げて、手のひらを天秤のように顔の横に並べた。
海外のドラマでよくあるやつだ。
紗良はわざとらしく顔を斜めにしてこちらの様子を伺っていた。
こういう時、悪いニュースから聞いておいたほうが後味が良いはずだ。
「悪いニュースから」
「ああ〜ごめん。話の都合上、いいニュースから話すね」
紗良は片方の手でOKのマークを作った。
(じゃあわざわざ聞くなよ)
今日も自由な彼女に振り回されている気がした。
「いいニュースは、なんとですね、うちのバレー部、総体に出場できることになりました!」
イエーイとOKマークをピースサインに変える紗良。
忙しいやつだ。
いや、それよりも気になるのは。
「総体? うちは部員が足りないだろ」
六月の頭に高校バレーの県大会が開催される。
しかし、我が大原高校女子バレー部は部員が4人しかいないため、出場できないものだと思っていた。
バレーボールは最低でも1チームに6人は必要なスポーツだ。
「ふっふっふ。それなら大丈夫だよ。多少は法に触れるかもしれないけどね……」
「何をする気だ」
「少人数部活動の最終奥義。合同チームを組むんだよ」
紗良がニヤリと笑う。
悪巧みをしているみたいな彼女は、魔女のようにも見えた。
京都出身の魔女だから、はんなりした魔法でも使うのだろう。
「なるほどな。近くにも部員が少ない女子バレー部があるのか」
「そう。タッグを組むのは音鳴高校だよ!」
紗良はテントの外にある、赤いレンガ造りの建築物を眺めた。
音鳴高校は大原高校から一駅分離れた場所にある。芸術分野に特化したカリキュラムが組まれていて、音楽科、芸術科、総合デザイン科などが存在する学校だ。
自分たちは「すげー」くらいの感想しか抱かない赤レンガ倉庫でも、彼女たちからしてみたら格好のデザイン資料になるのだろう。
そして、芸術を志す者が集まるからか、少し癖が強い人間が多いのも特徴だった。
「音鳴か。名前はよく聞くが、バレー部もあったんだな」
「意外と、快龍くんモテちゃうかもよ〜」
いたずらっぽく紗良が言う。
あくまで冗談で言っているのが見え見えで、少し腹ただしい。
「それで、悪いニュースっていうのは?」
「……悪いニュースはね、合同チームは組めるんだけど、ちょうどもうすぐ顧問の先生が産休に入っちゃうから、代理の顧問を探さないといけなくなったってことなの」
そういえば、快龍がマネージャーになってからというもの、顧問の存在を感じたことがなかった。初めて部活に顔を出した時、トーカたちがお菓子パーティを開いていたのも顧問がほとんど姿を現さなかったせいだろう。
「それは大きな問題だな。だが、そういう問題は学校側が対応してくれるんじゃないのか?」
「うちみたいな自称進学校は『自由な』校風がウリでしょ? だから生徒の自主性を尊重してる、とか言って私たち任せな部分も多いんだよね」
確かにそういった風潮を快龍も感じていた。
うちの高校は生徒会の権限が強く、逆に校則はゆるい。だからトーカのような金髪も許されるし、快龍のようにシャーペンにダンベルを付けて勉強していても文句は言われない。
ただそれは生徒を信頼しているという意味でもあるので、部活中に菓子パが始まるうちのバレー部は存続の危機かもしれない。
「まあ実際、ほとんど活動していないような部活に顧問をつけるのもな。働き方改革もあるし、女子バレー部自体を廃止にした方が楽って考え方もあるよな」
「いやまじか、でもよく考えたらそれもあり得るね。廃止はまずいなぁ。っていうことでね、快龍くんなら先生たちからの信頼も厚いやん? だから快龍くんも顧問候補探してみてくれない?」
パッと言われて、とりあえず思いつく教員は一人。
「……
「あの人暑苦しいからなー。っていうか、すでにサッカー部の顧問だよ」
そうか、あのヒラメ筋はサッカー部で鍛えられたものだったのか。
他にも適任として思い浮かぶ教師がいないわけではなかったが、彼らは軒並みどこかの部活の顧問をしていた。あとは性格に難があったり、単純に多忙そうだったりする。
「……、かなり難しそうだな」
「そうだよねぇ。まぁ、もし厳しかったら先生たちの弱み握っちゃうのもアリだと思う」
紗良が心から楽しそうに言う。
京都人の特性なのだろうか。
「……、お前、可愛い顔して時々恐ろしいこと言うよな」
「え? 今、かわいいって言った? かわいいって!?」
「重要なのはそっちじゃないんだよ」
両手をついてテーブルに乗り出す勢いの紗良。
でろっとした服の隙間から肌が見えそうになり、慌てて目を逸らす。
紗良はそんなこと気にしていないみたいにシシシとにやけている。
彼女のカールした髪が上向きに弾んでいた。
「せっかく快龍くんが褒めてくれたと思ったのになぁ」
「気恥ずかしいだろ、いとこなのに」
その一瞬。
その一瞬だけ、彼女の目から光が消えたような気がした。
(何かまずいことを言ったか?)
自問自答してみても、答えが見つからないうちに。
彼女は聞き分けのいい子どもみたいに、すっと自席に腰を下ろした。
「そうだよねー、いとこだもんね」
「……、とにかく、俺なりに顧問探してみるから」
「うん! ありがとう!」
紗良がすぐに元気に応答してくれてホッとした。
ちょうど綾世と千尋が戻ってくる姿も見えている。
「ねぇ、おかわりしに行こうよ!」
同じように二人の姿を認めた紗良が立ち上がる。
そうだなと言って、自分も席をたった。
***
「いやぁ、楽しかったなぁー!」
結局カレーを三皿も平らげて、快龍はカレーフェス会場をあとにした。
最寄駅の男子トイレで、綺世と並んで手を洗っているところだった。
「そうだな」
「快龍はマジでテンション同じだなー」
「そうか? 俺も楽しんでいたが」
「お前は顔に出ないからなー。水城さんはめっちゃわかりやすいのに」
綾世がパッパと手に滴る水を払い落とす。快龍はまだ石鹸を泡立てている。
「どういうことだ?」
「……、フられたんだよ」
手洗い場の鏡に映る綾世は、何でもないことのように笑っていた。
千尋に、振られた?
水が出る音がジャージャー鳴って、泡立て途中だった石鹸が流されていったことに気づいた。
「遊びに誘ってみたんだけど、ダメだった。勉強と部活で忙しいからって言われたけど、あの顔は違うね。間違いない」
快龍は視聴覚室での出来事を思い出していた。
勉強と部活で忙しいのに、自分は彼女の方から誘ってもらった。
千尋はお礼をしたかったと言っていたが。
「あの顔は、好きな人がいる人間の顔だよ」
鏡越しの、綾世の鋭い視線が痛い。
ドクドクと一際大きな音を立てて心臓が鳴っていた。
――まさかな、そんなはずはない。
「俺が言うからには間違いないぜ」
赤い革ジャンのポケットに手を突っ込んだ綾世。
確かに、こいつの人間観察力は目を見張るものがある。
快龍は両手で掬うようにして水を掌の上に溜めた。
今は、大会に集中すべきだ。
それがマネージャーとしての務めだろう。
「それで、俺の直感では――」
「なぁ、話は変わるが、バレー部の顧問をしてくれそうな先生を知らないか?」
快龍は勝手な想像を洗い流すように、火照った己の顔面に冷水を浴びせた。
跳べない龍、女子バレー部のマネージャーになる。 シロメ朔 @tatoeba-no-hanashi
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