消えた同期
美野さんは社会人になって新卒で入った会社で恐ろしい目に遭ったという。自分に何かあったわけではないが、水の合わない会社だった事は確かだそうだ。
「当時でも灰皿が空を飛んできたり、営業最下位が全員の前に立たされて反省文を読まされるような会社でした。今ではブラック企業なんてわかりやすい言葉がありますが、当時は酷い会社を指す言葉なんて無く、そんなのはよくある事でした」
まあそれでも深夜帰宅を新人にやらせるのはそんなに無かったですけどね。新卒の帰宅時間が夜十時とかおかしいと思いますよ。時代が時代なんで残業代はきっちり出たんですがね。
当時の私はお金に困っていましたし、最悪の職場環境でしたが、ソレに耐えれば結構な金額をもらえるので必死に耐えて貯金をしていました。
同期も一応居たんですけどね……当時は人不足だったのでさっさとみんな辞めていきましたよ。まあ、環境の酷さに病んで実家に帰る人も居ましたけどね。
そんな散々な会社だったんですが、数ヶ月すると心が麻痺してくるんですね。もうそういうものなんだと思うと諦めのような気持ちになったんです。まともな職場には行けない、そう思い込んでただ耐え忍んでいたんです。
そんな生活が続いてきたんですが、上司が急病になる事が多かったんです。当時ですから酒を飲むのは当然でしたし、タバコもくゆらせるのが当然の職場だったのでそんな生活をしていれば病気になるのもしょうがないなと思っていました。ただそれにしても人数が多いなと思いました。会社としては労災にしないため、ただ単に不摂生が祟って病気になっただけという事でしたが……
そんな時に元同期から電話がかかってきたんです。結構可愛い子でしたよ。要領も良いし上手くやっていくのかなと思ったんですけど、激務で精神を病んで実家へ帰った人でした。
そんな子から電話が来たので職場の愚痴を延々と聞いてもらったんですよ。当時は電話代がかけ放題なんてなかったですから結構高くつきましたが、職場の愚痴を言い合える仲なんてそうそういない人ですから。そんなわけで延々電話で愚痴ったんですが、彼女が『今の上司はどう? 少しはマシになった?』と聞いてきたので心配してくれているのかと思い『結構体壊してポンポン変わってるよ、よくまあ替えが居るものだって思うな』と答えた。
すると電話ごしに『ギャハハハハハ』と突然笑い声が響いたんです。そんな笑い方をする子ではなかったので驚いて絶句していると彼女は言うんです。
「いやー呪いってのもやってみるもんだね」
「え? 呪いってどういうこと?」
私は突然の豹変に驚きながら聞いたんです。
「ほら、私って実家に帰ったでしょ? またここが田舎でさー、ムカデヤスデ蜘蛛カエル蛇と何でも出てくるんだよね。それでさ、酷い場所だなあって思いながら過ごしてたんだけどさ、昔の写真が出てきたんだ、ほら、入社したときに全員で撮ったヤツ、アレをさ、流石に同期の部分は切ったんだけど、残りの上司どもの写真はそのまま虫や気持ち悪い生き物を大量に詰め込んだ一斗缶にその写真を入れて見たんだ。中身は見えなかったけどさ、その様子だと効いてるみたいだね。いやーなんでもやってみるものだねえ」
一息に楽しそうにそう言う彼女に怖くなってしまった。電話を切る前に彼女は『同期に罪はないからちゃんと入れなかったから安心してよ?』と言っていた。実際何の病気にもならなかったのだが、上司は代わる代わる入院していたし、あの優しかった同期をここまで変えてしまう職場というのが恐ろしくなって仕事を辞めたそうだ。
彼女も今ではいくつかの職場を移ったが、新卒のところほど酷いものはなかったらしい。そして今ではなんとか生きていける程度に稼ぎながら敵を作らないように生活しているそうだ。
今でもあの笑い声はさっきの出来事のように思い出せるそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます