彼女は何が怖いのか
雨天さんは最近怖いものをよく見るのだという。ただ、本質的な問題は怖いものを見る事では無いらしい。
「どうも、話を聞いてくださるそうですね、ありがとうございます」
「いえ、私の趣味ですから」
そう答えて彼女の話を聞き始めた。始まりは保育園が休みの日、彼女が娘を連れて公園に来たときの事からだそうだ。
娘を公園で遊ばせていたら少し目を離したときに公園の隅の方にいたんです。呼び戻そうとしたらベンチに座っているお婆さんに遊んでもらっている様子でした。迷惑かなとは思ったのですが疲れていたので申し訳ないながらしばらく一人で待っていたんです。少しのんびりしてからお婆さんにお礼を言って娘を連れて帰ろうとしました。
気が付いたときには娘は自分のすぐ側に居たんです。
「おばあちゃんに遊んでもらってたの? よかったね」
「うん!」
元気にそういう娘だが、先ほどまであやとりかお手玉か何かで遊んでもらっていた様子だったのですが、気を抜いたときにはお婆さんは居なくなっていました。あの時はお婆さんが帰ってしまったんだと思い、手間をかけちゃったなと思ったんですが、そのあたりで見た事のない人だったのでお礼の言いようも無いですし、やっちゃったと思って帰ったんです。
その日から時々怪異を見るようになってしまったんですよ。娘を保育園に連れて行っているときに明らかに立っているのもおかしい体調に見えるお爺さんを見たり、帰り道で子供が交差点の真ん中に立っていて、少し大きなトラックが通り過ぎると消えていたり、いろいろ見始めたんですよ。
それほど怖いものは見なかったんです、消え方がおかしいくらいでこちらに何かをしてくるわけでも無いですし、子供から大人まで霊っぽい物を見るってだけですからね。老若男女関係無くいろんな物を見るだけでした。
その時は気にしなければ問題が無い相手ばかりでしたし、最近見たものも普通の人と変わらない見た目でした。
だからしばらくは無害なものが視えるようになっただけだと思ったんですよ。なんでそんなものが視えるようになったのかは分からなかったんですけどね……分からないままなら良かったと思うんですよ。
そう言ってから雨天さんは声を落として言った。
「娘がね……一緒の時だけそういうものを見ている事に気づいちゃったんですよ」
「えっと……それはぐうぜ……」
「いえ、偶然ではないです、間違いなく娘が居るときしか見ないんです」
そう言ってから彼女は絞り出すように言う。
本当に怖いのは幽霊だか怨霊だかの居るか居ないか分からないものじゃないんですよ。私が本当に怖いのは一緒に居るとみてはいけないものを見てしまう娘が怖いんです。おかしいですよね、自分の娘なのに、私は幽霊なんかより実の娘が怖くてしょうがないんです、こうして話しているのだって娘を預ける言い訳に使ってるだけで……
彼女の声は最後の方を聞き取れなかった。ただ、肩を落として帰っていくのをじっと見ている事しか出来なかった。幽霊が怖いなら霊をなんとかすれば良い、しかし娘さんが怖いなら一体何を排除すれば解決するのだろうか? 私にその答えは出せなかった。
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