いないはずの霊

 八雲さんは子供の頃に通っていた小学校に旧校舎があったと言う。目の前の彼はもうそれなりの年なので彼が小学生の頃にあった旧校舎という事は結構な歴史がある事になる。


 その校舎は木造で、かろうじて電灯はついていたが、ロクに人が出入りしない、ただメンテナンスだけがされているボロボロの建物だったそうだ。


 そんな所なので旧校舎には噂が絶えなかった。学校の七不思議というものがあったのだが、普通に学校全体で七不思議があるのだが、旧校舎だけで七不思議があるので実際に流れている噂は十四以上は最低でもあった。なんなら旧校舎だけで七では聞かない数の怪談がまことしやかに語られていた。


 ただのぼろっちい校舎だなと思ってバカにしていたが、校長はじめ教員たちは旧校舎で学んだ人もいるようでそれなりに思い入れがあるのか遊びに使うときっちり叱られていた。


 ところでその旧校舎には雰囲気だけで作られた、何故そんな噂が立ったのか分からない妙な話がまことしやかに流れていた。


 その噂とは、旧校舎には戦時中に疎開してきた子供が飢えて命を落とした子がおり、その幽霊が未だに出てくるというものだ。


 その噂が何故ウソと分かるかというと、戦時中にその校舎が無かったからとかではなく、その校舎はあったのだが、当時そのあたりに疎開をしてきたという子供がいなかったのが理由だ。


 疎開なんて誰もしてきていないのだから旧校舎に疎開してきた子供の幽霊など出るはずがない。その噂が流れたときは教員たちの間でどうするか考え、この地区に疎開の歴史は残っていないし、当時住んでいた先生は誰もそんな人を見ていないという。


 歴史的にもそうだし、実際に戦中を経験した教師が言うのだから疎開の事実などない。だからその噂は真っ赤なウソという事で決着がついた。その噂を持ち出すと、根も葉もない噂を流すんじゃないと叱られる生徒が定期的に出てくるのはもはや定例行事となっていた。


 毎回その噂が出る度に生徒が体育館に集められて否定されるので、小学校で何度も集合させられたのだと彼は愚痴っぽく言う。


「ただなあ……どうにも説明がつかない事があるんだよなあ……」


 彼はそう言ってその奇妙でなんとも説明がつかない事を話してくれた。


「その学校の校庭の隅に畑があるんだよ。小学生が自然と触れあうって名目で定期的に何か育てるのがいつもの事だったんだがな……その畑ではじめはナスやキュウリを育てようとしたらしいんだが一向に育たないんだ。育てやすいジャガイモやサツマイモを育てた年もあったらしいが一度たりとも食べられる植物が育った事はなかったなあ……」


「まさか……」


「そうだよ、それを疎開してきて飢えた子供が食べてるんじゃ無いかって噂が立ってな、ある年にはヘチマを植えたんだよ。ほら、ヘチマって普通食べないだろ? その年は普通にヘチマが出来たんだよなあ……それからは食べられる植物を植えるのは止めて、花やハーブみたいな直接食べられないものにしたら普通に育つようになったんだよなあ……アレばっかは説明がつかねーんだよなあ……」


 そう言って彼は話を終えた。そのあたりに集団疎開があったという事実は確認出来なかったが、そこから帰るときふとその小学校の畑がフェンス越しに見えたのだが、畑のように見えるのだがそこに飢えられているのは綺麗な花ばかりだった。

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