不吉の象徴

 車田さんが幼い頃にした体験が原因で彼は黒猫という物が怖くなったらしい。その理由を聞いた。


 アレは……そうだな、まだ中学生くらいだったか、通学途中に黒猫が一匹民家の前でのんきに寝ていたんだよ。その時は気にしなかったよ。あの猫が車に轢かれようと知ったこっちゃないしな。それに車が早々通る道でもないし、帰りにグロ画像になっているような事もないだろって思いながらそのまま登校したんだ。


 始まりの問題はその帰りなんだよ、帰りにそこを通ると救急車が止まってたんだ。何があったかは聞かなかったがいい気はしなかったよ。


 その数日後に親があそこの人が亡くなったと言っていてな、葬儀の日にそこを通るとまたあの黒猫が居てな……これは俺の考えすぎのような気がするんだがあの猫が笑っているような気がしたんだよ。もちろん動物の声なんて分かんないよ、ただなんとなく、あの猫が笑ってやがると直感したんだ。


 怖くなって足早にそこを離れたんだが、それから時々町の中で黒猫を見るようになったんだ。不気味ったらないだろ? ただ、まだその時は他人事だったし気にもしてなかったんだ。所詮猫だって思ってたんだろうな。それを見たら家への帰りにそこを通らないようにすれば後日そこで亡くなった人が出たって話を聞くだけで済むからな。


 え? その家に言わなかったのかって? どう考えても『黒猫が居たから身内の不幸に気をつけてください』なんて言えないだろ? 確かに急死するような事件もあったが、大抵はそれなりに年で持病を持った人が亡くなってたよ。


 だから他人事で済んでたんだよな。気味は悪いし正直怖いが、見たところをしばらく避けて置けば嫌な現実を見なくて済むだろ。だからそうやって人の家に出たときは逃げ続けたんだよな。


 でも……そうも言ってられない事になったんだ。あの黒猫、ウチの前に出やがった。家の前で猫が毛繕いをしているんだ。真っ黒でつやつやした毛並みをしてこちらを見ているんだ。


 信じてほしいんだがな、俺は決して動物が嫌いってわけではないし、動物虐待なんて事はした事がないんだよ。ただ、アレを見たときは本能的に体が動いて家の前から蹴り飛ばしていたんだ。他の動物にそんな事をした事は無いよ、それは本当だから信じて欲しい。


 少し飛ばされた後、あの猫ときたら二本足で立って『なんだ、やるじゃないか』とおっさんの声で言うんだよ。間違いなく人間の声だった。猫の雄雌なんて分かんないが、おっさんの声を出したのは確かだよ。渋い声だったな。ほら、こういう表現で伝わるかは分からないが、アニメなんかに出てくるベテランの傭兵みたいな声って言えば分かるか? そんな声を出してから屋根までジャンプをして飛び去っていったんだ。


 幸いウチに不幸はなかったよ。親父もお袋も元気だし、爺さんと婆さんはあの猫を見る前にあの世にいってたから、あの猫を追い払ったのは正解だと思ってる。


 ただな、と言って彼は苦々しい顔をして言う。


「あの猫を追い払ったわけだが、消したわけでもないんだよ。じゃああの猫はどこか別のところに行ったって事だろ? そう考えると、俺があの猫を追い払ったから他所のどこかの家で死人が出たんじゃないかと思うと気分が悪くなるんだ。正直考えたくないね」


 彼は今でもあの猫が自分の家からジャンプして去って行く夢を見るらしい。その夢の中では猫が飛び去ってすぐに救急車の音が通り過ぎているそうだ。猫を追い払ったのは後悔していないが、一体何時まで続くのかと思うと気分が悪くなるとのことだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る