お守りじゃ手に負えない

 紅子さんが社会人になりたての頃の話。


 彼女は仕事中に何かと細かい怪我をする事が多かった。躓いたり、飲もうと思ったコーヒーが熱すぎて口内炎が出来たり、一つ一つを考えれば大したことではないのだが、積もり積もれば気にもなってしまう。


 どうしてこんな目に……そう思いつつ家に帰ると鞄を置いてそのままベッドに倒れ込みたいのを抑え、最低限の事くらいしておこうとシャワーを一通り浴びて出てきた。そこで床に一つ、茶色くなった小さな袋のようなものが落ちていた。


 なんだろうと思い恐る恐る拾ってみると、それは実家を出るときにもらったお守りだった。思わず苦笑してしまった。『お守りさえ見放すんだな』と妙に納得出来た。


 しかしお守りがこの有様という事は……なんとなく彼女はその次の休日にお守りをもらいに近くの大きめの神社に行った。果たしてそのお守りの効果はあった、あったのだが……


 お守りがすぐダメになる。気が付くと変色していたり、鞄に付けていた紐が朽ちて落ちそうになっていたり、見たときにはもうすでにダメになっているのだ。


 それでも貰ってからダメになるまでの間は怪我やトラブルが起きないので頻繁にもらいにいっていた。


 それが何回も続いたとき、神主さんに『何かお困りではありませんか?』と声をかけられた。誤魔化す事もできたのだが、何故か正直に、今小さなトラブルが続いている事を正直に話した。そして何か方法は無いのかと頼み込むと、『あなたがお守りを何度ももらいに来ていたのは見ていましたよ』と言い、お祓いをしてくれるという。お言葉に甘えて頼んだ。


 本殿に入り神主さんが祈祷の言葉を唱え始めた。しかしその表情がすぐれないものになる。自分に憑いているものが思った以上に危険なのではないかと恐れていると、少しして体が軽くなり、神主さんも動きを止めた。


 それからお祓いの一連の流れを話してくれた。


「あなた、今会社でトラブルを抱えていませんか?」


 思わず頷く。怪我をしている以外にも上司からのパワハラや細かいミスをネチネチと言われ続けて嫌になっていた。それを言い当てられて思わず反応してしまった。


「あなたに憑いていたのは、あなたがお務めになっている会社を辞めた方々の思念のようなものです。私が言う事では無いのですが、『この会社はよくない、辞めた方がいい』と伝えたくて少々乱暴な手段になってしまったようです。私はあなたにどうして欲しいと言える立場ではありませんが、そう言ったメッセージを伝えようとなさっている方がいるのはお忘れなく」


 そう言われて自分がどんな顔をしていたのか分からない、ただ、言い当てられたのが図星だったので思わず狼狽えてしまった。しかし神主さんは自分に何も強制する事は出来ない。そこで決めるのは自分の意志で決める事になったのだが、結局会社は退職した。自分しか新卒で入った同期が残っていない会社だったし、何か危険なんだろうなとうっすら思うとそれが頭から離れなくなった。


 そうして辞表は案外あっさり受け入れられた『ウチでダメなら何処に行ってもダメだぞ』などというお決まりの台詞は言われたが、別にどうでもよかった。それなら今までに辞めていった同期が全員ダメというのだろうか?


 馬鹿馬鹿しいと思うと辞表を出したときに心が冷えたのを感じた。


 そしてあっさりと退職し、今は給与こそ下がったものの、多少のんびりと無理の無い職場に就いた。


「とまあこうして今あなたに話せるほどの余裕が出来たわけですね」


 そう言って紅子さんは笑った。今のところストレスはないらしく、一連の流れを過去の事として話してくれ、あの時は悪霊かと思ったんですが、親切な先輩だったんですねえ、と笑って語ってくれた。

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