社員の資格
由紀さんが新卒で入った会社での災難だ。嫌気がさすほどの就活を乗り越えてようやく内定を手にしたので、その時点で当時としては彼女は確かに勝ち組だった。入社するまでのモラトリアムを十分に楽しんで、非正規になった友人たちからは大層羨まれた。
「と、まあここまではいい話だったんですけどねぇ」
何処の業界かは書かない約束だが、普通に新卒で電車で行ける範囲に会社がある。時刻表できちんと確かめてから出社前日の夜を寝た。
その晩夢を見たのだが、もうすでに鬼籍に入った曾祖父母が出てきて、手招きをしている。そちらに足がむきかけたところで目が覚め、汗をびっしょりかいている事に気づいた。
まだ時間に余裕が十分あったので……というかまだ日が昇る前に変な夢を見て目が覚めたのでそんな時間に目が覚めてしまった。
シャワーを浴びても余裕のある時間だったので汗を流し身だしなみを整えると、普通に起きてギリギリの時刻になっていた。
初日からなんて夢を見るんだと思いながらヒールを履いて出勤した。しかし災難は続くもので、ようやく駅まで着いたのだが、そこまで駆け足で向かったのでもうすでに汗をかいていた。ホームで待っているとアナウンスがあり、前の駅で車両の故障が見つかったので少し遅れるとの事だった。
冗談じゃない、少し遅れたら初日から遅刻になってしまうと駅から出てタクシーを拾おうとした。しかし駅を諦めた人で溢れており、潤沢では無いタクシーは見事に出払ってしまった。
仕方ないので大急ぎでバス停に行き、なんとかギリギリのバスに乗り込んだ。その時点で身だしなみも何もあったものでは無い状態だった。しかもバスには座る場所が無い。
もうすでに疲れ切っている体に鞭打って立ったまましばし走ったバスは会社からそれなりに離れたところに止まった。電車通勤が前提の会社を恨んだが、それを言っても仕方ないので会社まで走ったのだが、その途中でヒールが折れた。もうなりふり構わす出社したのだが、会社に入ると皆が笑顔で出迎えてくれた。
よかった、怒られなかったと、自分の状態を見ながらほっとした。しかし何故か社員の皆さんが必要以上に優しくしてくれるような気がする。ただの新人のはずなんだけど、そう思いながら説明を受けたのだが、そのときに自分の上長になるという人に『皆さん随分優しいんですね』と言うと、『試練を抜けた人は誰だって歓迎するよ』と言うので『どういうことですか?』と尋ねると、上長はなんでもないことかのように言った。
「ウチね、新人に根性が無いといかんって社長が言うからね、上の人たち全員で社長室の神棚に新人に試練を与えるように祈るんだよ。今朝……って言ってもまだ暗い頃かな? 上の人たちは熱心に祈ってたよ」
そうとんでも無い事を言う。新人に呪いをかけていると公言して何も思っていないのも恐怖だし、実行するのも恐ろしい。
由紀さんは程なく会社を退職した。再就職は大変だったそうだが、『あの会社、全員そのやり方が正しいと思ってるんですよ、呪いをかけた事よりその方が怖いです』と言い、なんとか第二新卒で入ったところで今も働いているそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます