メシが不味くなる力

 保さんは最近になって変わった力に目覚めたという。なんでも『もうすぐ亡くなる人の悪くなったところが分かる』そうだ。


 胃や腸などが悪いなら体の腹部が黒く見えるし、脳血管が悪くなっているなら頭が黒く見える。ただ、まだそう言った見え方をする人はマシだそうだ。中には体中が真っ黒に視える人がおり、そういった人は大抵癌などが体中に散った人なのだそうだ。そういった人を見ると食事が喉を通らなくなる。


 中にはちらっと運転中に追い越したりすれ違ったりする人の手足が黒く染まっている人もいる。大抵そういった人を見た後地方のニュースで事故が起きたと報道されていたりする。


 救いと言えば日本の皆保険制度のおかげでそこまで致死的な人は大量にいない事だそうだ。見るとメシが不味くなるんだと彼は言うが、助けられないのがどうにも悔しいという。


 その力に目覚めたのは彼が一度卒中を起こして病院に運ばれてしばしの入院をした後だそうだ。死にそうになったせいで同類が見えるようになってしまったのではないかというのが彼の弁だ。


「幸い……と言ったら怒られそうですがね、親父とお袋がもう死んでてよかったと本気で思いますよ。あの二人の死相が見えたら自分の目を潰したくなりますから」


 考えたくもないと彼は言う。親しい人がもうすぐ亡くなると分かるのは非常に気分が悪いそうだ。何より親しい人になにもできないのは悲しくて仕方ないという。


 彼はそう言いながらビールをゴクゴク飲み干し、次を注文していた。彼が居酒屋で話したいと言ったので構わないのだが、飲むペースが速い。


「大丈夫ですか?」


 私がそう尋ねると彼は『大丈夫じゃねえなあ……でもいいんだよ』と言う。


「俺も年が年だしな、最近目が悪くなってきてるんだ。でもな、ソレでいいと思うんだよ。緑内障だかソレ以外だかなんてわかんねーけどさ、このまま目がドンドン悪くなってくれれば汚い現実を見なくて済むだろう?」


「しかし健康を崩しては……」


 私の言葉も彼は気にした様子が無い。


「俺はさあ、こんな力欲しくないんだよ。人が死ぬのが分かるより自分が死んだ方が心が痛まないんだよなあ……だからさあ、こんな歳まで生きちまったし、どうなるかは分からんがお迎えを待ってるんだよ」


 彼は神経質そうにそう言いながら気分が悪そうに言う。運ばれてきたビールをまたすぐに飲み干す。そして注文をしようとして私に『飲み放題だったよな? もう一杯飲ませてくれ』と言う。


 私は彼の苦悩は分からない。ただ、彼は自分の寿命を縮めているようにしか見えなかった。


 酔っぱらいの戯れ言で片付けるには彼はあまりにも自分の健康を犠牲にしている。何しろここまで話を聞いている間休む事なく酒を飲み続けているのだ。彼の体調が良いようにはとても見えないのに酒をやめていない。きっとそれだけの覚悟があるのだろう。


「まあなんだ、怪談を集めているなんてアンタが言うもんだから、アンタに死相が見えたらどうしようかと思ってたが、案外元気なものだな、俺も安心したよ。怪談集めているヤツが怪談になったら笑えないからな」


 そう言って彼はもう一杯飲み干して力なく笑った。その後も飲み続けていたが幸い飲み放題の時間が来てくれたので話は終わった。


 私は彼の無事を祈る事くらいしかできない。

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