変わらない廃屋

 花さんが社会人になってすぐの事だ。大学からほど近い企業に就職が決まり、大して変わらない道を歩いていた。駅から自宅までの道筋は大学と全く変わらない。ただ、学生気分が抜けないというか、なまじ学生時代と変わらないだけに社会人というものが余計に疲れるような気がした。


 その日もいつもの通り帰宅していたのだが、ふと帰宅途中に横を見ると廃屋があった。いつもそうだったので気にしなかったのだが、その廃屋はいつも変わっていなかった。どこからどう見ても廃屋なのだが、何故か大学四年間ずっと見ていたのにソレが崩れる事も建て直される事もなかった。


 不思議な事にその廃屋は現状維持をずっと続けているのだ。冷静に考えるとおかしいだろう、誰かが管理している様子はただの一度も見た事が無い。それなのに崩れまいとしているように廃屋はそれ以上の劣化を全くしないのだ。誰も手を入れていないはずなのに、どうしてそんな事になっているのか分からない。実は廃屋が自己修復機能を持っていたと言われても不思議ではなかった。


 その日はクタクタになって帰っていたので、余計にその廃屋が気にかかった。気にしなければそれまでなのだが、いつも不自然なものが疲れているだけに余計に気にかかる。その道は一本道なので無視して通り抜ければいいだけなのだが、ふと横の方に目をやってしまった。


 薄暗い天気の中で家の中が見えた。不思議な事だが、外観はボロボロで崩れかけを維持しているのに、何故か屋内は綺麗だった。魔が差したのだろうか? ふとその家のボロボロの玄関に手をかけていた。理由は全く分からない。


 そして手をひねるとあっさりとドアは開いた。立て付けが悪くなっているわけでもなく、鍵さえかかっていない。どう考えてもおかしいのだが、そのときは熱に浮かされるが如く屋内に入っていった。屋内は確かに廃屋然としていたが、廊下など踏み抜きそうなボロボロ具合なのに何故か歩いても足下に埃の跡がつかない。


 まるで誰かが掃除をしているようだった。しかしそんな事をするならこのボロボロの状態だってなんとかするだろう。なんとも不思議な空間だった。


 そしてそのまま奥に進むと居間があり、そこではボロボロになった食器がちゃぶ台の上に乗っていた。


 そしてその上、電灯があるのだが、その電灯のコードに先が輪っか状になったロープが結いつけられている。ちゃぶ台に上がりそのロープに手をかけて……そこで自分が何をしようとしているか気が付き大急ぎでそこから逃げ出した。


 空はもうほとんど日が落ちていたため、廃屋も余計に気味が悪くなっていた。小走りに自宅まで大急ぎで帰ると、冷蔵庫からチューハイを出して気付け代わりに一杯一気飲みした。


 そして一息つくと、気が付いてしまった。


 なぜあんなに薄暗い空だというのに、電気も通っていない廃屋の中が見えて、その中を迷わず歩いて行けたのか? 深く考えると恐ろしくなってくる。


 それから数年して転職するまでその家の前は避け続けたそうだ。


 最期に彼女は『あの家を少し調べたんですけど、事故物件のような情報も出てきませんし、古いので前に誰が住んでいたかさえ分からなかったんですよね』そう言って話を締めた。


 結局謎は謎のままだが、怪談などそんなものだろう。その不思議で恐ろしい家がどこにあるのかは伏せさせていただく。

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