その辺の神様への供物
省吾さんが子供の頃から続いている話だ。彼は話をしてくれるとき身なりの良い格好で来てくれた。一見怪談を話そうという人には見えないと言うのが第一印象だった。彼は地元のファミレスで話をしてくれるというのでそれが余計に場違いに思える。
「お手数おかけしますね、いや失礼、どうも田舎にはこのくらいしか胡乱な話を気軽に喋る事が出来る場所が無いもので」
そう言って彼はドリンクバーを頼み話を始めてくれた。
始まりは……そうですね、俺がまだ小学生だった頃でしょうか。夜に父が決まって少しの間居なくなるんですよ。夕食を食べて少し後くらいですかね、何も言わずに十分ほど何かを持って玄関から出て行って帰ってくるんです。いなくなるのも十分ほどなのでそれほど遠くまで行っているわけではないんでしょうね。
小学生のサガと言うべきか、そんな行動がどうしても気になるんですよ。そこである晩、こっそりと親父の後をつけたんです。バレないだろうと思ってね。向かった先は意外な場所でした。家の門扉も開けず、裏に回っていくんです。何処に行くんだろうと思っていると、家の井戸がある方へ行ったんです。そちらには井戸くらいしかないので多分井戸へ行ったのだろうと思い、こっそり逃げ帰って布団をかぶったんです。
そしていつもより一時間ほど早く目を覚ますと、こっそりと家を出て井戸のある方へ向かいました。何かあるという確信はあったんですが、何があるかは分かりませんでした。
結果としては、あったとも言えるし無かったとも言える、ですね。井戸自体に行ったのは事実のようなんですが、そこにあったのは皿が二枚なんです。上に何も乗っていないのが奇妙でした。皿が捧げ物とは思えないので、昨日はその上に何か乗っていたのだと思うんですよ。
そこで冷蔵庫を開けてみたんですけど、昨日まであった……サンマだったかな? と、鶏肉だったと思うんですが、その二つがなくなっていたんです。つまり井戸に魚と肉を持っていって……中に投げたのかは分かりませんが、とにかくそれを持っていったのだろうとは思いました。
ただ、これは深く知るべきではあない事なのだろうとそのまま考えないようにしました。
問題は大学に進学した年の秋頃でした。夢の中に白髪白髭の老人が出てきたんです。服は布をそのままかぶったような、画に描いた千人のような老人でした。その人が言うんです。
「うむ、お前さんも真面目にやっとるようだな。いいか、お前さんたちがワシに供物を欠かさないかぎり優遇してやる事をゆめゆめ忘れるなよ」
そこで目が覚めたんです。あのじいさんが井戸の神か何かだとは思ったのですけれど、どうしていいのかは分かりませんでした。ただ、それは大学を卒業するのが決まったときでした。親父から電話があって、就職はこちらでしろと言われたんです。
ほら、ここって結構田舎じゃないですか、だからもちろん嫌がったんですが『お前のところにも井戸の神さんが来ただろう?』と言われて、ああ、やはりアレは家の守り神みたいなものなのかと思ったんです。
仕方ないのでこうしてここで就職をしてなんとか働いているんです。不況でも首を切られなかったのは運が良かったのか、あるいは井戸の神のおかげなのかは分かりません。ただ、結構な同僚が人員削減の憂き目に遭った中、無事仕事を続けられたんですよ。
ああ、供え物ですか? 今でもきちんとしていますよ。親父に後から聞いたんですが、動物の肉と、魚を一匹、種類は問わず供えているかぎりは安全だからと言っていました。
謂れですか? もちろん訊きましたが絶対に話してはもらえませんでしたね。きっと何かあるんだろうとは思うんですが、結局井戸の祀り方以外は教えてもらえませんでした。
それで彼の話は終わった。どうして井戸に神がいるのかなどはさっぱり分からなかったが、彼によると試しに一晩供え物を出さなかったときは、翌日四十度近い熱が出たので、ふらつくままに井戸に供物を供えたら数時間で平熱になったんです。だから何かがあるのは確かだろうと言っていた。
善良な神なのかは疑問が残るのだが、彼は今、それなりの生活を送れているので井戸へのお供えだけで済むならいいかなと思っているそうだ。
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