無言電話からの音

 文乃さんが社会人になりたての頃の話。まだ電話取り次ぎばかりしていた頃の事だ。時折営業の電話を確認もせずに上司に取り次いでいてそのたびに指摘をされていた。


 そのため電話の取り次ぎには慎重になっていたのだが、その頃ある電話がかかってきた。向こうもまだ無茶な要求をしてくるならどうとでもなる。しかしその電話は携帯からのもので、決まって完全な無言電話だった。


 無言なので『お声が遠いようですが……』などと始めは言っていたのだが、その電話が一日一回はかかってくる。そんな電話の相手をしていては時間がもったいないので数回目から無言が続くようなら切るようにした。


 上司も、「商売やってりゃイタズラくらいある」と言ってくれた。それからしばらくその無言電話はかかってきたのだが、だんだん切るのが早くなってきた。


 ある時の事、簡単な事務をしながら電話も来れば受けていたのだが、その日もいつも通り携帯から電話があった。ディスプレイに090から始まる携帯電話の番号が表示されるとうんざりする。


 とはいえ誰か他の人にとってもらうわけにもいかないので、受話器を取った。


 こちらは名乗ったが相変わらず向こうは無言のままで何も言わない。いつもの事かとため息をつきそうになったところで踏切の音がした。それから電車が通るかと思ったところ、救急車のサイレンも受話器から聞こえてきた。これでは何かあったのでは無いかと呼びかけてみたのだが、無言のままで決して何も言わない。


 そのとき、選挙カーの演説が聞こえそうになったのだが、イマイチ誰の声か分からない。聞いていてもキリが無い。


 ただ無言のまま周囲の環境音が聞こえるばかりだったので、不安は残りつつも電話を切った。警察に電話するべきかと思ったのだが、こちらは相手の事を何も知らない。何かあったのであれば近くの人が通報する方が確実だ。


 そう考える事にして、いつものイタズラ電話として無視をした。


 その日、定時に帰ったのだが、住んでいるマンションが見えてきた。何故かマンションの前に人が幾人か集まっていた。それも住人としてみた事のない人もいたので興味を惹かれてそちらに行くと、管理人さんが何やら話し込んでいるようだ。


 近寄ると声をかけられた。『ああ、山本さん、ちょっと今日は救急車が来たからうるさいかもしれないよ、ごめんね』と言ってまだ何やら話し込んでいた。


 どうやら救急車が来たときの関係者なのだろう、管理人も大変だなと思いながら部屋に戻った。


 部屋に帰ってテレビをつけると選挙特番をやっていた。そこで背筋に寒気が走った。その選挙放送では住んでいる地域の候補者を紹介していたのだが、その中の一人が無言電話がかかってきたときに聞こえた声と同じだった。


 救急車、近くを走る線路、地元の選挙事情、全てを考えるとピースがカチリとハマってしまう。その考えはあまりにも怖いので、自室の電話から電話線を引っこ抜き、携帯も電源を切ってその日だけその部屋で寝て、翌日からホテルなどを駆使して部屋に帰らずそのまま引っ越した。


 出来る事なら建物が同じでも、あの無言電話の主が自分の部屋にいたとは考えたくなかった。

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