水道から出てきたもの

 里中さんがまだ高校生だった頃、一度だけ奇妙な体験をしたらしい。ただ、彼女は話をする前に『霊とかとは関係無いのかも知れませんが……』と前置きをして話をしてくれた。


 里中さんが夏のある夜目を覚ました。エアコンがあっても冷やすのが間に合わないような暑苦しい夜だった。エアコンの設定温度をチェックして、ソレを一度下げてから喉が渇いている事に気が付いた。


 水を一杯飲まないと眠れないなと思い、キッチンに向かった。薄暗いまま歩いてキッチンに行くと食器棚からコップを手に取りシンクで水を入れようとした。透明なコップに水道から水を入れようとすると、何故か妙に中が暗く見える。水がこんなに暗かっただろうかと思いキッチンの常夜灯を普通の明かりにしてみた。


 そこで『ヒッ……』と声を上げてコップを取り落としてしまった。一瞬しか見えなかったが、確かにコップの中には鮮やかな赤色がたまっていた。血か? そう真っ先に思ったのだが、よく考えると怪我をしたときに出てくる血ならもっと黒めの赤のはずだ、今コップにたまっていたのは絵の具のように鮮やかな赤だった。


 そこで手から滑り落ちたコップがどうなっているか足下を見ると、透明な水をまき散らして床の上で砕けていた。今見た赤いものは? そんな疑問が浮かんだが、水道から真っ赤な水が出たかと思うと、どちらかと言えば自分の見間違いだったと思う方が気が楽だった。


 そうして割れたコップを片付けて、きちんとくるみ燃えないゴミに入れておく。それから今度はプラ製の透明コップを出して水道から水を出すと、今度は確かに透明な水が出てきた。少し安心してコップに口をつけると、確かに水でおかしな味はしなかった。


 それを飲むとコップをシンクに放置して寝る事になる。そこまでなら見間違えという事で済むのだが……


 明くる朝、母親が自分の部屋に慌てて入ってきて布団を引っぺがしたかと思うとパジャマの手足をまくってきた。いきなりの事に驚いて『何するの!?』と非難がましい声を上げると、母親は一息ついて『台所に来なさい』と言って手を引っ張って部屋を出た。


 コップを割ってしまった事を起こられるのだろうかと怖々ついていくと、キッチンは何も変わったところはなかった。ただ、昨日割ってしまったコップが棚からなくなっていたので夢ではないようだ。


「アンタ、昨日怪我をしなかった? コップが割れてたんだけど流しが真っ赤だったから怪我をしたのかと驚いて……」


 言われてシンクを見ると確かにそこには赤く広がるしみが出来ていた。確かに昨日見たものは透明になっていたはずだし、コップに少し汲んだだけの水でここまで周辺を汚すのは無理だ。


「コップを割ったのはゴメン。でもこれは私じゃない」


 信じてもらえるか不安だったが、それを聞いて一息ついた母親は、漂白剤を使って赤みを落としていった。結局錆ではなかったようだが、漂白剤で落ちる赤色だったようだ。


 その日は一応それだけの話で終わる。ただ、高校に通っているとき、おじいちゃん先生が突然、戦中にはこの辺にも空襲があったと親父に伝えられてなと、昔話を始めた。なんでも結構な数の焼夷弾が落とされて、家が焼かれ血と肉の焦げる臭いに包まれていたのだと父から聞いたそうだ。


 その話と関係があるのかどうかは不明だが、あると言ってしまえばあの変な現象に一応の説明がつくので彼女は信じる事にしたそうだ。


「結局、真相は何も分からないんですけどね、それからは寝る前に水をコップに一杯、部屋の机の上に置いて準備しておくようになりました」


 大学に進学するまで同じ事は起きなかったので不安ではあるが考えないようにしたそうだ。

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