見なくてよかった
相川さんは最近怖い事があったと言う。しかし何の証拠もないので妄想だと思われても仕方ないが、話しておきたいと言う事でお話を聞いた。
彼女はヘアサロンに勤めているのだが、時代なのか男性客も来ないわけではない。そういった少ない男性客だが、しっかりお金は払ってくれるので皆プロとして女性と変わらず接していた。始めの頃は男性客が増えてきたなあくらいの印象だったのだが、そうなってくると必然、副作用も増えてくる。
サロンのスタッフの多くは女性だが、男性が来た場合女性が対応するのだが、何度も来店される度、所謂『ガチ恋』になる客も珍しくはないらしい。ウチは水商売でもないのに何故そんな客が来るのかと不満を漏らす人も多かったが、それでも形上は丁寧に対応し、終わったら長居されないようにお帰りいただいていたという。
さて、そんな客の一人にXさんという人がいた。この人は頭髪が薄めなのだがああだこうだと注文を付けてムリして長居しようとする。断る事も出来ず、彼の接客はあまり好き好んでする人がいなかった。相川さんはそんな中、新人という事で彼の担当を押しつけられる事が多かった。次第にノンデリ発言が増えてくるまでXさんは時間をかけなかった。
必要も無いはずなのに何かと理由を付けて来店される。あまり出来る事はないし、裏では『ウチは発毛サロンじゃない』などと言われていたが、そんな事は知ってか知らずか平気で来店し続けた。
ある日の事だ。彼が大きめの紙袋を持って来店された。それ自体は構わなかったが、中身がこのサロンへの贈り物だという。中に入っていたのは大きなクマのぬいぐるみだった。誰もがそれを嫌がったが、店として捨てるわけにもいかず、相川さんがそれを持ち帰るという事で決定した。
口さがない同僚は『ああいうのに塩対応しないから』などと言っていた。無茶を言うなあと重いながらそのぬいぐるみを紙袋に放り込んで自宅マンションに持ち帰った。中身は一度見たので開ける気にもならず、紙袋に入れたまま部屋の隅に放りだしておいた。
それから数日間、相川さんはまともに眠れなくなった。夢の中にあの男が出てくる、しかしニタニタするものの、決して何もしてこず、嫌らしい笑みを浮かべ続けるだけだった。
そのせいで寝覚めが悪くなってしまった。なんとか遅刻はしていなかったものの、あのぬいぐるみと無関係とは思えず、数日後に燃えるゴミの日に袋ごとゴミに出した。それ以来、その不気味な夢を見る事はなくなったのだが、一度だけ怖い事があったと言う。
捨てて数日後、Xさんが店に来たのだが、髪の所々がチリチリになっており、それをなんとかしてくれと注文を付けて、その場だけなんとかすると『二度と来るか!』と暴言を残して去って行った。あの髪の様子を見ると、どう考えても燃えたようにしか見えなかった。
髪に燃え跡が残っていて、それがぬいぐるみを出した数日後……彼女は本当にぬいぐるみを開けなくて良かったという。もしあのぬいぐるみの中身が……曰く付きのものだったらとても今の店にはいられなかっただろうと言う事だ。
なお、Xさんは本当にそれから一度も来ていない。相川さんも塩対応のやり方を覚えたので最近はそういった迷惑系の客に当たる事も減ったそうだ。
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