先達は……

 中川さんが趣味の登山をしていたときの話だ。初めて登る山で、事前にスマホに地図をダウンロードして、非常食や登山具一式を持って登る事にした。それほど高かったり上るのが難しいわけではないが、初めてなので念には念を入れての事だ。


 そして休みの日に登山を始めたのだが、天気も良く、事は順調に進んでいた。初めての山というのは慎重に上る物だが、案外なにも想定外の事が起きず普通に登っていたときの事。


『こんにちは』


 そう声をかけられたので振り向くと、壮年の男が一人立っていた。男は加藤と名乗り、同じく山を登っているという。加藤はこの山に休みの日には時々登っているので慣れているという。


 こちらは初めてだし、実際加藤は迷うこと無くすいすいと登っていく。『よければ案内しましょうか』という言葉に思わず乗ってしまった。そうして加藤の案内のまま登山を続けた。


 案内される山は非常に登りやすく、順調に進んでいった。しかし徐々に足下が人があまり通らないのか下草が生えてきた。観光地ではないし仕方ないかと思ってそのまま登っていると、徐々に足下の雑草の背が高くなってきた。大丈夫なのかと思うのだが、前を案内する加藤はすいすい進んでいる。と言う事は自分が登り慣れていないせいで遅くなっているのだろう。


 足を引っ張っているであろうことも相まって加藤を追いかけながら進んでいった。


 しかしついに足下が岩でゴツゴツしてきた。流石にこれはおかしいと思ったところで岩と雑草に足を取られて姿勢を崩した。近くの木に手をついてなんとか転ぶのを耐えたのだが、前を見ると加藤がいなくなっている。先を行かれたなどと言うものではない。元からそんなものいなかったように向こうまで見ても生き物がいた気配すら無い。


 怖くなって帰ろうとスマホからマップのアプリを起動して現在地を確認した。幸い事前に地図はダウンロードしているのでGPSが受信出来るここは問題無く位置情報が分かった。おかげでなんとか下山する事はできたのだが、何故あんなところに放置されたのかと加藤がやった事には腹が立った。


 なんとか家にたどり着くと先ほどまでいた場所の地図を確かめた。調べた結果なのだが、あの荒れ地が相当な昔、刑場として利用されていた事を知った。加藤の装備はどう見ても現代的なものだったが、しかし確かにヤツはあの刑場に自分を案内したのだと思っている。何の証拠も無いのだが、加藤は見た目を現代の人間に偽装した亡霊の類いだったのでは無いかと思っているそうだ。


 なお、中川さんは登山こそ辞めていないが、二度とあの山に登るつもりは無いそうだ。『次は助かるか分かりませんから』と言っていた。そして最後に『幽霊もスマホにGPSと地図の機能が乗るなんて分からなかったんじゃないでしょうかね』と苦笑しながら言った。


 彼の登山道具にはその一件から大型のモバイルバッテリーが増える事になったそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る