食べ物がある

 多田さんがまだ実家にいた頃の話。彼は山間の村出身だったが、その村には奇妙な風習があったと言う。


「肉をね……食べるんですよ、何かよく分からない肉をね……」


 彼は落ち込んだ顔でそう言う。何故ソレがそんなに恐ろしげなのか謎だったが、彼は重い口を開いて話してくれた。


 アレは、地元特有の風習だったんだと思う、その年十五歳になった子供を集めて公民館で食事会をするんだよ。いや、それだけだったら普通の食事会だと思うだろ? ただ、ちょっとだけ不思議だったんだ。何故か……そのとき食べる肉が全て生だったんだよ。今なら寄生虫がどうこう言われるような話だが、当時は普通に生の動物っぽい肉と魚の刺身が出てきたんだ。


 ああ、地元は山間にあるんだよ、だから刺身となると海水魚じゃなく淡水魚だったんだと思う。淡水魚の刺身は怖いって言うがな、当時は誰もそんな事教えてくれなかったよ。だからみんなして十五になったら食事会があるという話だったんだ。


 ただな……大人はその食事会を酷く嫌っていたんだ。何があったのかは分からなかったよ。ただ、家庭によっては十五になりそうな時期に村から出してしまう事もあった。それだけ不吉な事なんだろうな。


 食事会なんだが、生肉と刺身が料理の全てで、それも味付けは醤油もなく塩だけで肉も魚も食べるんだよ。美味しくはなかったがな、不思議と食べられたんだ。ただ、その肉は後になって聞くと罠にかかった猪や熊を解体してそれを処理して肉にしているらしい。


 それ自体はただのガキの頃の思い出でしかないんだがなあ……村も高齢化が進んでいたし、村を出る事にしたんだ。そのときにいざ引っ越そうという前の夜にじいさんが呼ぶんだ。ああ、引っ越し前に挨拶しろってことかと思って行ったんだが、考えてもいない話をされたよ。そう、あの奇妙な食事会をする理由だよ。


 じいさんは言うんだ。


「お前は分からんだろうがな、お前らが食事会をしておったろ? あの時なんで肉を食べたか知りたいだろ? まあお前さんもいい年だ、古い言い伝えを教えてやるよ」


 そう言ってから真剣な顔になって話を続ける。


「昔はな……この村では結構な頻度で飢饉が起きていたらしい。もっとも、それはワシのじいさんから聞いた話だからお前からすれば想像もつかん昔だろうがな」


 それから一息ついて言う。


「今は普通の肉だから安心して良いが、あの食事会は昔を忘れないためにやってるんだ。飢饉が起きたら当然食えなくなる。はじめは山で木の根や皮、野草などを食べて飢えを凌いでいたらしいが、まあ……そうなると餓死者も出る。皆肉が食べたかったんだ。そうなると何の肉を食べるか……予想はつくだろ」


 少しニヤリとして言うじいさんにゾクッとしたよ。


「それで『そういう』肉を食べたという事があってな、この村じゃあ食料が安定してきた戦後しばらくしてから村の歴史を忘れないために生肉を食べているんだ。言っちゃあなんだがウチは……いや、この村はそういう家系の集まりなんだな。呪われてるのも一緒だよ。だから誰もあの肉が何を意味するかなんて話さなかったがこうしてお前みたいに村を離れるやつには教えるんだ。犠牲になった連中を忘れるなって話だ。いいか、お前ももう一人前の男だ。この村の歴史を決して忘れるなよ」


 そう言ってじいさんは満足したのか黙りこくって顎で部屋を出て行けと言ったよ。俺は村の歴史に触れたくはなかったが知ってしまったもんはしゃーない、あのおぞましい食事会も今じゃ普通の肉らしいが……昔食べていたものを想像すると今でも吐き出したくなるよ。


 村の場所か? 悪いがそれは秘密で頼むよ。この話はあんまり大っぴらにするもんじゃないからな。ただじいさんに聞いた昔話ってだけだからな。


 それで昔話を締めて彼は満足したようだった。私は今でも昔の事を決して忘れてはいないんだなと未だに続いている昔からの話に怖気がしたのだった。

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