無いよ?
吉田さんが高校生だった頃の話。彼は中学途中までは都内に住んでいたのだが、父親が転勤するということで家族揃って引っ越した。渋ってはいたが、給与は微増、そして当時は就職難の若者が溢れていた時代、選択肢はなく引っ越すなら家族でということで皆で地方に引っ越した。
彼は急な引っ越しでもそれほど文句を言わず、あっさりと引っ越しは終わる。家ぐるみの付き合いなど文化的に面倒なものはあったが、それでも友人はできたし中学生活は荒んだものではなかった。
そして高校に上がるとき、彼は進学校を選んだ。都内では学習塾が乱立しているような有様だったので、そもそも塾に通ってもいない生徒がいるなかでの受験は彼にとって苦ではなかった。学年一位を取っていたというわけでもないが、家から通える高校ならどこでも行けるだろうと教師が太鼓判を押すくらいには成績が良かった。
そうしてあっさり受験も終わり、自宅から通える……といってもかなりの距離があるが……高校に進学をした。電車とバスを使っての通学になったのだが、都心の異常な混み具合を経験していると地方での通勤通学時間に電車に乗って普通に座れるというのは驚きの環境だった。
そうして高校生活にも慣れてきた頃、友人たちと帰る前にファミレスで駄弁っていた。その日はたまたま話が弾んでしまい、気が付くと夕暮れだった。友人たちは両親に送迎を頼んだり、原付で帰ったりと様々だったがそうして解散となった。
彼は駅の近くのファミレスだったのでバスを使うまでもないなと思い駅で改札を通り、『IC非対応か……』といつも思うことを考えながらホームで電車を待った。すぐに電車が来たので迷わず乗って、相変わらず空いているなと思いながら揺られて帰った。帰宅が遅くなったことを詫びつついつも通りの夕食を食べ、その日は寝た。
翌日、いつも通り電車に乗ると友人が一人座っていた。
「よう、昨日は大変だったろ?」
なにを言っているのかよく分からず思わず聞き返した。
「なにが?」
「いや、あの時間まで付き合わせちゃったから次の電車まで待ったんだろ?」
「いや、確かに少し待ったけどなにが?」
そこで友人はポカンとした後神妙な顔になった。
「なあ、あの時間からだと次の電車はかなり遅くになるはずなんだが、それまで駅で待ったんだよな?」
そこで思いだした。ここら辺は原付で通っている人も多いくらいには交通機関があてにできない。だからこそあの日は皆送迎や原付、自転車に乗ったりと皆自力でなんとかしていた。怖くなって『ああ、随分待ったよ』と話を合わせておいた。
その日の帰りに電車を待つとき、時刻表を見たのだが、通勤と通学時間以外にはほぼ運行していない。あの時刻からだと次の電車はすっかり暗くなってからになっている。
薄ら寒い気がしてそれからの高校生活は放課後に友人と遊ぶのはやめてしまった。あの時来て、そして乗った電車はなんだったのか、それは未だに分からないそうだ。
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