招く

 村田さんは就職氷河期に当たり、それなりに名の通った大学を出たが、はっきり言えば零細に就職したらしい。ただ、その事を後悔しているそうだ。


「たしかに一代でのし上がった会社ですけど、あそこはどうにも苦手でしたね」


 その会社は小さなビルに入っていたのだが、開かずの間……と言うわけではないが、普通の社員が入りたがらない部屋があった。別に入ってはならないとは言われていない、なんなら社長が入って中にあるものを「拝む」のを推奨しているくらいだ。


 その部屋の中には招き猫が大量にあることで有名だった。縁起物だからと社長が出張や旅行の度に買い集めてくるので様々なものがある。それを一室に大量に置いてあるのだ。はっきり言って不気味だった。


 福を招くだかは知らないが、少なくとも士気を下げる役割をしていることだけは確かだった。


 ワンマン経営なのでそんな部屋をやめてくれと言う人がいない。だから社長は本気で歓迎されていると思いまた買ってくる、負のループはあっさり完成していた。


 ただ、そこまではただの作り物の招き猫であり、気味が悪いと言っても人形が大量にあるのとそう変わらない。そこまではまだ耐えられた。


 しかしある時、社長が一つのものを買ってきたとき大騒ぎになった。なんと社長は猫の剥製を縁起物として買ってきた。何処でそんなものを見つけたのかは知らないが、これには社員も狼狽えた。今までのものは作り物だったから我慢できたが、生き物だったものを縁起物として飾るのはこの上なく悪趣味だ。


 剥製とは言えとても縁起が良いとは思えない。たぶん取引先には見せない方がいいだろう事は容易に予想できた。


 その剥製でさえ社長の側近はおべっかを使っていた。まわりの人は『コイツ正気か?』と思っていたものの、それを言った社員があの部屋の手入れを任されたときにはざまあみろと思ったものだ。


 そして社長はなお悪いことに招き猫の合間に猫の剥製を時折買ってくるようになった。なんでもアレを飾ってからそれなりに大口の取引が増えたのでこれは縁起が良いと思ったらしい。


 村田さん含む社員の多くは趣味が悪いと思っていたが、ついにはその部屋の前を通るとき、猫の鳴き声を聞いたというものが現れた。怖いの一言で、出来ることなら逃げ出したかった。


 だが、社員たちがその部屋を気味悪がったせいでその部屋の手入れは社長直々に行うことになった。割と本気で『何が怖いと言うんだ、こんなありがたいものを』と本気で思っていた節がある。


 ある時、村田さんがその部屋の前を通ったとき、『にゃあ』という声がした。あまりにも怖いので転職活動をして収入が減るもののなんとか転職は出来た。ただ、不気味ではあったが、その会社は村田さんが辞めてからも成長を続けているらしい。招き猫は本当に縁起物なのかもしれないが、そこまでして成長を求めなければならないのかと言うことは疑問なのだそうだ。

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