幽霊は光に弱い

 西本さんは高校生の頃、ソシャゲにハマっていた。『ま、そんなだから大学は滑り止めになったんですけどね』と笑いながら言う。つまりそのくらいには没頭していたということだ。


 ソシャゲもまだ規制が多少緩かった頃、彼はスタミナ課金のゲームをしていた。なんとそのゲームはスタミナ回復に課金するというのに、クエストの周回をスキップできないという、儲ける気があるのかと思う設計だったそうだ。


 そうなると課金をしてスタミナを回復しようがクエストを手動で周回しないとランク上位になれないため、ただひたすらに時間をかけるのが非常にシンプルな成長法だった。


 しかし高校生となると学校をサボるわけにもいかないし、食事と風呂に入るとして、勉強を最低限だけしたら跡は削れるのが睡眠時間になる。というわけで、彼は睡眠時間を削りながら周回をしていた。


 深夜まで明るい部屋に、遮光カーテンを閉めて寝たふりをしながらスマホをタップし続けた。するとトントンと天井から音がした。一階から文句が来たのだろうか? いや、音は明らかに天井から響いている。三階はなく自分がいるのは二階なのでネズミか何かが走っているのだろうと無視を決め込んだ。


 その翌日、また深夜眠い目を擦りながらソシャゲをしていると途端に画面がちらついた。スマホの故障となれば一大事だが、よく見るとスマホの方には何の問題も無く、ちらついていたのは電灯の光りだった。しかし、今天井についているのは蛍光灯ではなくLEDライトのはずだ。いくら何でもまだ寿命が来るには早すぎる。


 とはいえちらつくと鬱陶しいので、手元にスタンドライトをつけて明るくした。部屋全体は相変わらずパチパチと明滅していたが、手元は明るい光に照らされて全く気にならない。その日もそのままプレイして空が白んできた頃目を覚まし、さっさと学校に行った。


 次の夜も相変わらずソシャゲの周回イベントをこなしていた。すると『何時やと思ってんねん! まぶしくて出られんやろ! 明かり消せや!』と怒鳴り声がした。


 両親ともに関西弁ではないし、声の質だって明らかに家族のものではない。しかし、明かりが漏れたのだろうかと思い、その日はスマホを早めに電源に繋いでスリープさせた。


 珍しく早く寝ることになったのだが、深夜に金縛り状態で目が覚めた。そのとき部屋に黒い影が立っており、西本さんの寝ているベッドまで近寄ってきて『端からそうせえや』と言って部屋を出て行った。ああ、影だけの人間が明かりの下には出てこれないのかと、妙に納得してその晩は寝た。


 翌日、久しぶりにさわやかな朝を迎えたのだが、朝食を食べにキッチンに行くと、母親がトーストにバターを塗っていた。こちらを見るなり『アンタ昨日外に出た?』というので『夜のこと? 出てないけど?』と言ったところ『だよねえ、なんで家の鍵が開いてたんだろ、物騒なものだねえ』と言っていたので、どうやらあの影は家を出ていったようだ。よほど居心地が悪かったのだろう。


 試しにその晩もソシャゲを周回してみたが、朝まで怪異が起きることは無かった。ただまあ授業中にあくびをして叱られはしたそうだ。


「幽霊にも悪いことしたのかなあとは思うんすけどねえ……あの影も新しい住処で静かに暮らしていると良いんですが」


 そう言って笑いながら手元のコーラを飲み干した。なお、彼のプレイしていたソシャゲは時代に合わなかったのか、課金システムが集金の効率が悪いと気づかれたのか、残念ながらサービスは終了したのだという。

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