怒りの間
木村さんが社会人になりたての頃の話だ。新卒で入った会社には『立ち入り禁止』の部屋があった。その部屋に入ってはならない理由は誰も教えてくれなかったが、ただ、『入るな』とだけは言われていたし、鍵もどこにあるのか分からなかった。
歴史のある会社だしそういう部屋もあるのだろうと、霊的な物ではないかと察して近寄りもしなかったのだが、それで業務はきちんと回っていたし、誰もその部屋を気にしていなかった。
ただ、やはり経済という物には波がある。有名投資銀行の破綻で世界的な金融不安が起きたとき、会社は希望退職者を募ったのだが、折りは大不況の真っ只中……当然ほとんど希望退職者など出なかった。
それに業を煮やしたのか、あの開かずの間を会社が『キャリア支援部』と札を付け、そこに送られると一日中書類をシュレッダーにかけ続けるという仕事をさせられた。会社の各所から集められた書き損じや印刷ミスなどを一枚一枚シュレッダーにかけ続ける、つまりはそこが実質的な追い出し部屋となった。
木村さんもその被害に遭った一人で、噂は聞いていたがそこに異動になったときは目の前が真っ暗になった。ただ、意地になってそこで居座ってやろうと開き直ってその部屋で延々シュレッダー作業を続けた。
彼は今その企業を辞めたのだが、それはシュレッダー作業が嫌になったからではないそうだ。
「そこには資材が無造作に置かれているんですが……不毛な作業をぼんやり続けていると、気が付いたときに鉄パイプや金ばさみ、マイナスドライバーなんかを持っていることがあるんです。それで耳元で声がするんです『嫌だろ? それでやっちゃえよ』という声が確かに聞こえたんです。その声を聞くと無性にイライラしてそれを持って凶行に走りそうになるんです。それが怖くて辞めたんですよ。あのままあそこにいたら事件を起こしそうでして」
彼によると、そこで人が死んだなどの情報は全く無いそうだ。だから問題無いというわけではなく、ここに入ると仕事のせいか、何か心霊的なものが影響しているのかは分からない。ただそこにいると無性に暴力的になるそうだ。
幸いなことに彼が退職してから何とか次の仕事にありつくことができて、今では給与こそ下がったものの、心が荒むような職場ではないところに就職できたそうだ。
一応これでハッピーエンドとなればよかったのだが、その会社は詳しく表明したわけではないが、昨今の大不況で大きな労災が起きて問題になった。労災が起きた以上の情報は知らないが、彼によると『あそこに何人も入れれば絶対にトラブルになると思うんですよ。実際使ったとは公表してませんが、あの部屋に送られた人が何かやったんじゃないかと疑うんです、あの部屋にずっと居れば暴力事件のいくらかくらい起きてもおかしくないですしね。できれば元同僚が被害に遭っていないことを祈るばかりですよ』だそうだ。
今ではその会社も持ち直したので、その部屋が使われてはいないだろうと言うことだが、人に責任がないことを祈るばかりだ。
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