カードレス
次郎さんがある冬の日、風邪をこじらせて入院することになったときのことだ。たかが風邪だと思っていたが、思った以上にしんどい状態になり辛かった。しかし点滴を受けて栄養を付けると多少は楽になったので、病院を早く退院したいくらいだった。
ある日、個室でテレビを見ていると芸能人たちがトークをしていた。よくあるトーク番組だが、入院生活にはそんな番組でもなかなかに暇つぶしにはなる。
ぼんやりした頭でひな壇に並んでとりとめの無い話をしているのを眺めた。たまには自分にもそういった休息が必要なのだろうと納得させていたが、どうにも頭がぼんやりとする。まだ風邪が完治はしていないのだろうか? これ以上欠勤させられる方の身にもなってくれと思った。
そのとき、突然頭に靄がかかったようになり、気が付くと腕に何本もチューブが繋がって、点滴が落ちていた。一瞬で何が起きたのか理解できず混乱したが、体にセンサーやチューブが繋がっているので自由に動けない。そこでナースコールを押して少し待った。
看護師さんが来るかと思ったら、医師の先生と一緒に来て様々な体調を確認された。それから医師は『よかったですね、一時は本当に危なかったんですよ』と言い、自分の風邪が悪化して命の危険があるほどの状態にあったと告げられた。それから一通り自分の体がきちんと動くのか確認されて、問題無いだろうと判断されたので栄養剤と水分の点滴は外された。
指にパルスオキシメーターは相変わらずついていたが、それでも随分と身軽になった。自分が何日寝ていたのかカレンダーを見ると、入院日から二三日しか経っていない。おかしい、数日病院で過ごして更にそこから危ない状態になったのならもっと日が経っているはずだ。
違和感を覚えつつ、考えてもキリが無いのでテレビのリモコンに手を伸ばした。テレビをつけようとするのだが反応が無い。よく見るとテレビ台にカードを挿す機械がついており、テレビはカードを買って観るシステムになっているようだ。入院してからテレビカードなど買った記憶が無いのだが、必要なものは仕方ない、次に家族が来たときに買ってきてもらおうと思いながら、ベッドとトイレまでの行動範囲で過ごした。
まだスマホの無い時代だったのでテレビが見られないと特にやることが無くなってしまう。新聞だけでもと思ったが、それも個室に備えてあったりはしない。
翌日、妻が来たと言うことで、千円札を財布から出して『またテレビカードを買ってきてくれ』と頼んだ。すると『何を言ってるんです? またって……テレビカードを買ってきてくれなんて言わなかったでしょう?』何を言っているのかと思ったが、そう言えば頼んでないので入院したときは気を利かせて買ってきてくれたのかと思った。
「悪いな、ちょっと退屈してるんで買ってきてくれ」
そう言うと妻に千円札を握らせて買ってきてもらった。そうしてテレビを見たのだが言葉に出来ない違和感があった。いつもの番組が流れているのに何かがおかしいような気がする。
その晩、テレビを消して寝ようとしてその違和感に気が付いた。そういえばあの番組に出ていたのは自分が子供の頃の人気芸人だった。彼はもう亡くなっていたのではなかったか? そう考えてしまうと次から次へと思い出す。そう言えばあの芸人は病気で亡くなっていたし、司会者もまだ若いのに体を壊して訃報が流れていたのを見た。
そうして思い出せるかぎりあの番組に登場した人が、記憶に残っている人はみんなもうすでに亡くなっている人ばかりだと気が付いてしまった。
あの番組は一体なんなのか、そもそも妻の言っている様子からテレビカードは買ってきていないような気がする。では一体自分は何の放送を見ていたのか?
考え始めると恐怖が勝って、相当無理を押して先生に退院をさせてもらった。あの部屋よりは医療設備が整っていなくても自宅の方がマシだった。
「幸いこうしてあなたに話が出来ているわけですが、あの時見た人たちは一体なんだったんでしょう? 芸能人はなくなったというのに芸能活動をしているんでしょうか? これと言ってはっきりしたことは無いんですが、少なくとも退院時に精算したのですが、何気なくテレビカードを何枚買ったか聞いたんですよ。間違いなく妻の買った一枚のみだと言うことでした。それ以上の時間病室のテレビがついた記録はないそうです。妄想だと片付けることも出来ますし、多分そうなんだろうと思います。でもあの時見た番組の内容は今でもハッキリ思い出せるんですよね」
彼はそう言って話を終えた。念のため彼にその番組が再放送と言うことはないのか尋ねたところ『最新の番組セットに死んだはずの人が映っていたのでそれは無い』と言われた。人は変わらないと言うが、果たしてそれは死んでからも変わらないのだろうか?
その事に彼は言及しなかったが、彼が見たのが熱に浮かされて見たせん妄だったのか、本当にあの世の番組が映ったのかは不明のままだ。
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