捨てられた場所に

 夕日さんは高校生の頃、動画投稿サイトに動画をアップするのを趣味にしていた。とはいえ、まだ今ほどネットが見られておらず、多少の無茶をしても現実とは関係の無い時代の話になる。その頃彼女は動画サイトで生配信をしていた。スマホもない時代のため、他の人が来ることは出来ない、家の中で怖い映像を見物しながら酒でも飲んでいるのだろうと思っていた。


 問題は彼女の配信で、今で言うところの迷惑系に近く、廃工場、廃村、ダムなど、不気味な場所はどんどんコンプリートしていった。普通の高校なら問題になるかもしれないが、彼女の通っていた高校は、きちんと免許を取れば原付を私用に使ってもいいという校則だった。それが助けて、結構いろいろな場所でカメラで撮影していった。


 本来なら補導されるところだが、行くところが滅多に人の来ないような場所なので、運良く警察に見つかるようなこともない。それが気を大きくさせて、次々に住んでいる県と、隣接した県の珍しいところは大体漁り終わったのでネタ切れになりつつあった。


 彼女の配信スタイルはとにかく怖がる、聞いている私が言うのもなんだが彼女のスタイルも顔も良いので心霊スポットに行った動画でぴょんぴょん跳ねて怖がれば受けは良かったのだろうと思う。今でこそあれこれうるさい世の中だが、あの時代はネットが自治でなり立っていたようなものなのでそれで問題にならなかった。


 その日も彼女は探し歩いた廃墟の一件に入ることにした。そこはどうやら旧時代に隔離施設……所謂サナトリウムだったところだ。何故今でもそんな所が野放しにされているのか不思議だったが、廃棄された療養所で新しく感染する心配はほぼ無い。しかもそこは結核患者のための施設だったので、結核の治療法が確立している現代なら何の問題も無い場所だった。


 原付を走らせ、病院の前まで行くと、思った以上にボロボロだった。サナトリウムというものが廃止されてからの年数を考えるとそんなものだとも思う。むしろ歴史的な風情まで感じる方だった。


 彼女はガラスドアだった正面玄関を抜け、その内部に入った。それから各所を回ったのだが、特に怖いものは無い。ただそれでもなにか部屋を空けるときにはリアクションを取っていた。


 こういうのは大げさにした方がウケがいいと理解していたので、いかにも媚びているような恐れ方をしながら、怖々ドアノブに手をかけて中を覗くという構成で撮影した。


 そこそこの撮れ高はあったので、彼女はビデオカメラをバッグに収め、原付に乗って帰宅した。それから動画の編集に入る。翌日が土曜日なのは運が良い。見所だけを切り貼りして、自分だけのオリジナリティ溢れる動画を作った。当時はそれが比較的許されていた。


 そして編集した動画をアップロードして一晩寝た。翌日起きると早速PCを起動し、動画のページを開いた。驚いた事に、コメントのスクロールバーが薄い板のようになっている。この一晩で一体どれだけの人が見てくれたのだろうと、ワクワクしながら自分の動画を確認した。


 コメントが流れていくのだが、いつもと同程度のコメントしか流れないのでどうしてコメントがこんなに付いているのだろうかと不思議だった。その謎は最後に開けた室内にあった。自分でしっかり懐中電灯で照らしたはずなのだが、動画のそこには三つの小さな包みが置かれていた。暗い中でもまるで発光しているように明るく見えた。


『骨壺じゃね?』


 その一言からコメントが強風に煽られた並の如く押し寄せてくる。こんなものがあっただろうか? そんなことは言うまでもなく気づいていない時点でなかったはずだ。


 そっとブラウザを閉じ、しばし考える。これを公開し続ければそれなりの再生数になりそうだ。それと同時にこんな不気味なものを残しておいたら呪われそうな気も同時にした。


 結局、悩んだ末にダメ元でお寺に行き、そのカメラに読経を上げてもらった。住職も当時はスマホの無かった時代なので動画サイトに詳しくはなかったのだが、カメラを見たとき、確かに表情を曇らせていたように見えた。その上読経をしましょうというくらいなのだから何か感じるものがあったのだろう。


 読経を上げてから、自宅に帰り、アップロードした動画を、寺で除霊してもらったものを編集したものに差し替えた。その結果、無事骨壺の部分は消えたし、ごく普通の動画になったのだが、やはりというか再生数は激落ちした。


「これが一連の流れです。結局それを機会に承認欲求が満たせなくなるので動画投稿はやめたんですけどね、これがそのカメラなんですけどお焚き上げって出来ますかね?」


 彼女にそう言われ、『金属があるので難しいでしょう』と答えたのだが、何故か『こちらでバラして燃える部分だけお寺でお焚き上げをしてもらいましょうか?』と言った、自分ではそんなものに関わるつもりは微塵も無かったはずなのだが……


 そして彼女はビデオカメラを置いていったので、私はそれを持ち帰り、出来るかぎりの分解をした。幸い現代の製品のようにホットボンドで固めたり、特殊形状のネジが多量に使われているわけでもないので、ごく普通のドライバーセットで綺麗に分解できた。


 そこから基板を燃やすのは断られそうな気がしたので、カメラの中心機能を持つ基板をホットプレートで焼く。今回は壊れるのが前提なので、熱を最高にして焼くと、一発でハンダが溶けて、軽々と基板に載っていたチップは落ちた。


 おおよそ全部終わったのだが、SDカードがまだ残っていることに気づき、それも取りだしてまとめてお焚き上げを頼んだ。住職は『こんなものをどこから持ってきたんですか……』と愚痴っていたが、お互いお世話になっているのでしっかりと中まで焼いて処分してもらった。


 後日、彼女から新しいカメラを買ったとメールが送られてきたのだが、その添付ファイルを開くと、そこには鏡に向けてカメラにこだわったというスマホを手に持っている姿が映っていた。今のところ彼女からスマホで霊が写ったという報告もないのできっと上手くやっているのだろう。

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