増える人形

 日高さんという方が、相談があると話を持ちかけて来たのはこの前のことだ。彼女は自動車でやって来て、車を停めるとトランクからアタッシュケースを取り出した。その時点で、『あ、曰く付きだ』と直感した。こういうのは人の扱いから察することもあるが、それにしてもそのケースの中から怪しげな空気が出ていた。


「頼みたいのはこの中身のことなんですけど……」


 それから私にアタッシュケースを渡して室内で話を始めた。


 なんでも中身は人形であり、彼女がアンティークショップでひと目ぼれして買ったものだそうだ。一目見て運命的なものを感じ、記憶に残らないほどの感情が溢れ、気が付いたら人形を買っていた。財布の中身からはお札が数枚消えていたのでそこそこ散財をしたそうだ。


 はじめはそれを部屋に飾っていた。どこか綺麗ながらも愛嬌を感じる表情をしたハンドメイドのような人形にときめきをおぼえながらその日は寝た。


 翌朝のことだ。彼女は出勤のために家を出るとボロボロの人形がビニール袋に入れて置いてあった。誰のイタズラだろうと思いながら、少し心は痛んだものの、家に置くにはボロボロすぎるし、修繕のしようが無い状態だったので申し訳なく思いつつゴミ置き場に持っていこうとしていた袋を開けてそれを詰め込みゴミ置き場に置いていった。


 問題はその日帰ったときだ。自室に入ると飾っていた人形が怒りの表情をしていた。はじめは見間違いか、自然に変わったのかと思ったのだが、誤解や経年変化にしては変化の量が大きすぎる。


 心当たりと言えば、今日人形を捨てたことくらいしかない。まさかこの人形が? とは思ったものの、気のせいだろうと言い聞かせ、いつも通りの生活をして一晩寝ると人形の表情は穏やかなものに戻っていた。


 しかしそれからも時々彼女の元には人形が現れ始めた。どれもうち捨てられたような代物で、修繕不可能なものばかりだった。どこかから捨てられているのだろうとしか思えないものばかりだ。


 ある日のこと、彼女は卵を買って帰ってきたのだが、玄関で転んで買い物袋から飛び出た卵がグシャリと玄関で潰れてしまった。


 憑かれていたので適当に殻だけ片付けて、水を少し流してその日は寝た。翌日、彼女は目が覚めるとカーテンを開け室内を見る。そこで悲鳴を上げそうになった。


「人形の足なんですけど……卵の白身と黄身が混じったものが付いていたんですよ」


 今までのは偶然にしたってなんとか説明がつきましたけど、それを見てしまうと今までのことは人形の仕業以外に考えようがないじゃ無いわけで。そうなるとそれなりの金額がしたとはいえ、人形が怖くなった。


「これが顛末なんですが、出来ればこの人形を処分したいんですけど、心を持っているようなものをぞんざいに捨てるのも気が引けるんです。どこかそういったものを供養してくれるところは知りませんか?」


 そう尋ねられたので、私はこの近くで心当たりのある人形供養をしている寺を紹介した。彼女は最後にアタッシュケースを開けて、出来の良い人形を見せて、『出来れば引き取ってほしいんですが……』とおっしゃったので丁重に辞退してそれを持っていった方がいいと伝えておいた。


 後日のこと、いつもの様にメーラーを開くと彼女からのお礼が届いており、『夢の中であの子がお礼を言ってきました』と書いてあった。一応人形は救われたようで何よりだと一安心したのだった。

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