ゆめうつつスパゲッティ
菖蒲さんの話だ。かつて彼女が中学生だった頃のある秋の日、その日は期末考査のための勉強に精を出していた。その日は退屈していたのだが、勉強くらい真面目にしなければと、眠気を我慢しながらなんとかペンを走らせていた。
そんな時ウトウトした気がするとポキンという音で目が覚めた。手元を見るとノートに何個もの黒い染みが出来ており、どうやら寝てしまった間にペンから折れたシャー芯がてで擦れて汚れになっていたらしい。振ると芯が出るペンを使っていたので半分寝ながらペンが揺れている間に芯が出てきたようだ、もう短くなっていたのもあるだろうが芯が出尽くしていた。
机の引き出しを開けて、中に替え芯の新しいものが無いだろうかと確認する。残念だが替え芯のケースは空っぽになっていた。明日のこともあるので芯を買ってくるかと近所の文具店まで行くことにした。ここ数日、机にかかりきりで期末の勉強をしていたので少し歩いてこようと鍵と財布を持って家を出た。
一応文具店より近くにコンビニがあって、そこで芯を買うには問題無いのだが、いかんせんコンビニなので多少お高い。文具店は安いものを更に多少の値下げして売っているのでシャー芯を多用する中学生には積もると結構な違いになる。
そこで文具店まで急いだのだが、歩いていると文具店前の横断歩道の信号が青だった。気にせず渡ろうとしたところで急ブレーキの音が聞こえた。
そこで気が付いたのは机に突っ伏した状態で、ペンを握ってぼんやりしているところだった。夢だったのかとホッとしたのだが、ペンは芯がポキポキ折れた跡があり、いくらノックをしても新しいペン芯は出てこない。あんな夢を見た後で文具店に行きたくはないなと思い、替え芯があることにかけて机の引き出しを開けた。
そこで思わず固まってしまった。そこにはビニール袋に入った数個のシャーペンの芯があった。それだけでも結構な不安を煽ったのだが、それに気づいた瞬間に遠くの方から救急車のサイレンが聞こえた。ゾッとして思わず手元にあったイヤホンをつけ、ラジカセの音量を大きくした。
流行の音楽をかけていたはずだが、そんな曲は耳に入らず、とにかくサイレンを聞きたくなかった。文具店に行ったのか? 行っていないのか、どちらにせよ矛盾を抱えていて、納得のいく答えは出そうにない。勉強に必死になったのは何か集中できるものが欲しかったからで、決して良い点数が取りたかったわけではない。
とにかくそれから期末考査まで部屋に帰るとイヤホンを即座につけて何も聞かないようにした。その結果、期末考査でそこそこの点数を取ったのだが、彼女は両親がご褒美を買ってくれるというので当時はまだ高かったフラッシュメモリ式の音楽プレーヤーを頼んだ。
それから勉強の時は結構な音量でイヤホンを耳に付けるようになった。
それから大学を出て今に至るそうだが、彼女には今、ちょっとした困りごとがあるらしい。
「今ってスマホにイヤホンジャックが無くなってきてるんですよねえ……未だに集中したいときはイヤホンをつけるんですけど、出来ればなくなってほしくない文化ですよ」
まだかなり前、彼女が体験したことだそうだ。なお、救急車のサイレンが聞こえた日からしばらくの間、いつもの通学路を少し迂回して、夢で見た交差点を通らないように気をつけたそうだ。
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