第6話
(記憶力良すぎやろ……。まさかそんな発言でファンってバレるとは思わへんやん……)
再び何も言えなくなった私に、ハルトは穏やかな笑みを向けてくれている。
周囲は皆、一体何の話をしているんだというような顔をしているが、静かに二人の様子を見守ってくれていた。
「辛かった時期にもろた君の言葉が、めっちゃ印象に残ってて。俺でも誰かを幸せにできるんやと思えて、死ぬほど嬉しかってん。声優続けられたのも、君の言葉のおかげや」
ハルトはそう言うと、満面の笑みを浮かべた。
――まさかそんなことを思ってくれていたなんて。私の言葉が推しに届いていたことが、この上なく嬉しい。こんな私でも、推しの役に立てたことがあったんだ。
「もしこのままこの世界で暮らしていかなあかんのやったら、君が側に居てくれるとめっちゃ嬉しい。俺と一緒に、この国出えへん? 俺、王子みたいやし、俺の権力が及ぶ限り生活に不自由はさせへんって約束する」
さっきから確信が持てないのだが、これは結婚の申し出とかではないよな? 恋愛感情を抱くにしても、さすがに出会ってから早すぎる。
「もちろん王城に縛り付けようとかそういう気はないから、そこは安心して欲しい。やってみたい仕事とかがあったらできる限り斡旋するし、働きたくなかったら王城でのんびり暮らしてくれても大丈夫」
ですよね。うん、安心した。私もハルトのことはあくまで推しであって、今のところ異性として見てるわけではないので。そこは重要。
ハルトの申し出はとてつもなく嬉しい。でも、ファンの一人として、これを了承してしまって良いんだろうか。なんだか職権乱用というか、推しは皆のものであって他のファンに示しがつかないというか、そして何よりも――。
「で、でも。ハルトはファンに……その……こ、殺されちゃったから、私のことも怖いでしょ?」
「ああ、なるほど、だから自分はファンやって隠しとったんか。君は君やろ? ここ数日一緒にいて、めっちゃいい子ってわかったし、なんも怖ないよ」
あっけらかんと言うハルトに、私は拍子抜けしてしまった。あんな事件があったら、普通ファンを避けてもおかしくないのに……。
私が驚き呆然としていると、ハルトが上目遣いでこちらを見つめてきた。
「俺と一緒に来てくれへん……? あかんかな……?」
「逝きます。じゃなくて、行きます」
危ない危ない、危うく死ぬところだった。
じゃなくて!! 推しが可愛すぎて気づいたら返事をしてしまっていた!!
「やった!! めっちゃ嬉しい!!」
ハルトはそう言いながら立ち上がると、満面の笑みで私を手をぎゅっと握りしめた。
(やめてくれ、ハルト。その技は私に効く……!)
周囲が盛大な拍手を送る中、私は理性と意識を保つのに必死だった。
もしかしたら、とんでもない人についていく約束をしてしまったのかもしれない。果たして、この人の隣で大好きな声を聞き続けることに耐えられるのか? 否。私は寿命が尽きる前に、多分心臓発作で死ぬと思う。
***
怒涛の卒業パーティーの後、バルダーソン侯爵家は没落し、それとともにリアも表舞台から姿を消した。デリックは王命の通り王位継承権を剥奪され、今は弟を支えるべく日々精進を重ねているという。
そして私はというと、現在ハルトと共に、レオンハルトの母国へと向かう道中にいた。
国に着くまでの十日ほどの間、ハルトとは馬車に揺られながら色んな話をした。出身地や家族のこと、今までどんな暮らしをしてきて、どんな物が好きだったか。特にハルトから聞く仕事の話は、それはもう楽しくて楽しくて、いくら時間があっても足りない程だった。
そして、あと一日で国に着くというところ。
ハルトが悩ましげな顔をしながらミナに話しかけてきた。
「でも、これからどうしような〜。この世界で、何しような?」
腕組みしながら考えを巡らすハルトが可愛い。もう全部可愛い。
私はそんな可愛い推しに、前々から考えていたことを口にした。
「ずっと考えてたんだけど、この世界でアニメ、作らない? まだまだ声優の仕事やりたかったって言ってたでしょ? この世界でその夢、叶えちゃおうよ!」
「え! 何それ! めっちゃおもろそう!」
私の提案に、ハルトは目をキラキラと輝かせながら前のめりになった。
そんなハルトに対して、私は人差し指を立てながら自信ありげに話を続ける。
「いつの時代も、民の心を救ってきたのは娯楽! 需要あると思うんだよなあ。しかも、レオンハルトは王子、つまり後々の国王。職権乱用で何でも出来ちゃうよ! 結果的に国益に繋げれば問題なし!」
「うわ〜ミナ、悪いな〜。でも俺も賛成。せっかく異世界転生したんやったら、楽しく過ごさんとな!」
ニカッと太陽のように笑うハルトを見て、私は絶対この計画を成功させようと思った。これまで培ってきたオタクの知識を総動員して、ハルトが主演のアニメを作ろう。たくさん作ろう。
ひとまず王城で文官になって、娯楽事業を立ち上げるか。幸い、この世界では有能であれば女性もバンバン活躍している。ハルトが王になったときに、でかい収益を上げられるくらいの事業を考えよう。
私が密かにそんな決意をしていると、ハルトは馬車の窓枠に頬杖をつき私を見つめながら、いつものやんごとなきイケボで言葉を発した。
「俺、この世界でミナに会えて、ホンマに良かったわ。ありがとうな」
「良い声でサラッとそういうこと言わないでって何度も言ってるでしょ! 心臓保たないのよ!!」
ハルトの言葉にそう言い返すと、私は思わず両手で顔を覆った。
そうなのだ。私は旅の道中、その甘い声でファンサの言葉を幾度となくかけられていた。心臓に悪いからやめてと再三言っても、この男は懲りずに何度もキラーボイスで私の心臓をエグッてくる。さては、確信犯か? 確信犯だな?
「ええやん。だって、本心なんやもん」
私はファンサの供給過多で今にも死にそうだった。当の本人は、悪びれもせずニコニコと可愛らしい笑顔を浮かべている。
まあいいか。こんな幸せな悩み、なかなかない。この先、ハルトと面白おかしく生きていけたら、最高に幸せだ。
――推しと生きる世界線なんてあっていんだろうか。いや、良いじゃないか。だって異世界転生だもの。ご都合主義上等!!
――あとがき――
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