第5話


 その後も私のプレゼンは続き、合計十あまりの罪を暴き続けた。


 なぜそんなに多くなったかと言うと、リアを調べていくうちに、リア個人の罪だけでなく、バルダーソン侯爵家が犯していた罪も芋づる式に発覚したのだ。違法薬物の密売、政治資金の裏金問題、人身売買、エトセトラエトセトラ……面白いくらい出るわ出るわで、資料も思った以上の大作になってしまった。

 

 なので、国王をこの場に呼んだハルトの判断は正しかったと言える。侯爵家の罪に関しては、このアホ王子に扱えるものではないだろう。自分たちの居ないところで罪を暴かれたバルダーソン侯爵家の皆様には、お悔やみ申し上げるが。


 私が一通りの説明を終えると、リアは顔面蒼白になりながらその場に座り込んでいた。無理もない。反論の余地がないほど完璧な資料を作り上げたのだから。


 生徒たちは、リアのあまりの救いようのなさに、逆に静まり返っている。


 この場を収められるのは国王くらいしかいないだろう。ここは国王がバシッと決めてくれ。

 そう思い私が国王を見遣ると、国王はわかったと言わんばかりに大きく頷き、厳かな口調で言い放った。


「バルダーソン侯爵家の処遇については、追って言い渡す。そして、デリック。お前は婚約者であるエルミナ嬢を蔑ろにしただけでなく、バルダーソン侯爵令嬢の真意を見抜けず口車に乗せられ、あまつさえエルミナ嬢を陥れようとした。お前のような愚か者にこの国は継がせられん。お前の王位継承権は剥奪とし、王位は弟のイーデンに継がせる!」


 王の発言に、静まり返っていた場内が再びざわめきを取り戻した。


 しかし、まさか廃嫡までされてしまうとは。すまん、そこまでするつもりじゃなかったんだ、許せデリック。でも、弟くんのほうがアニメでも優秀だったから、王の判断は正しいな、きっと。


「お、お待ち下さい、父上! エルミナもすまなかった。僕はその……騙されたんだ!! 婚約破棄はなかったことにしてくれ、な? な!?」


 国王の決定に慌てて取り繕おうとするデリックは、私の両腕を掴みユサユサと揺らしてくる。


 これ以上の抵抗はみっともないぞ王子。ここはスッパリ身を引いたほうが今後の自分のためだ。それに、今後私がこの世界で生きていかなきゃならないとしたら、お前と結婚するなんて死んでもゴメンだ。


「嫌です。離してください、殿下」

「お前だって、僕のことを嫌いになったわけじゃないだろ? 昔からあんなに僕に付きまとっていたじゃないか! 哀れな僕を救ってくれ……頼む……!」


 婚約破棄した相手に助けを乞うとは、全く情けない限りだ。そして勘違いも甚だしい。聡明なエルミナが、こんなアホに付きまとうはずないじゃないか。エルミナは、いずれ王となるこの男が何かやらかさないよう、見張っていただけに違いない。


 か弱い少女が離せと言っているのに、デリックはさらに腕を掴む力を強め、私に懇願してくる。流石に痛いぞ。腕もお前も。

 

「い、痛いです、殿下!」


 私がそう言って顔を顰めた時、すっと誰かの腕が伸びてきて、私を掴むデリックの手首をぎゅうっと締め上げた。驚いて見上げると、そこにはハルトが居た。


「デリック。その手、離そか?」


 ハルトはいつも通りにこやかな笑みを浮かべているが、目が全く笑っていない。普段怒らない人が怒ると怖いって、こういうことか。めっちゃ怖い。でも私のために怒ってくれていることに、オタクとして感情が爆発しそうになる。


 一方デリックは、突然の友の乱入に驚いたような顔をハルトに向けていた。


「なっ……レオンハルト!? 邪魔をするな! 今お前は関係ないだろう!? これは僕とエルミナの問題だ!!」

「いやあ、それが、関係あるんよなあ」

「いたっ、痛い痛い! わかった離すから、お前もこの手を離せ!」


 ハルトもデリックもお互いに手を離すと、デリックは痛そうに手首をさすっていた。

 そして、ハルトは真顔になると国王に向き直った。ん? 何が始まるの?


「王よ。デリック殿下とエルミナ嬢は、婚約破棄している状態ということでよろしいか?」

「うむ。やむを得ぬだろう」


 その言葉を聞くと、ハルトは突然私の前で跪いた。

 あれ、こんな計画どこにもなかったけど、アドリブ? ほんとに何する気?


「ミナ」


 名前を呼ばれたかと思うと、ハルトは恭しく私の手を取った。

 待って。これはまずい予感しかしない私の心臓が保たない死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ――――。


「俺と一緒に来てくれへん? レオンハルトの国である隣国に」

「――………………っ!!!!!」


 推しに跪かれて『一緒に来て』って言われるとか、私は前世でどれだけ徳を積んだんだ。いや、前世で徳を積んだ覚えは特にないから、前前世くらいか? どちらにしろ昇天するぞ、ほんとに。


 なんとか声を出したいのに頭がクラクラしてしまって、私は顔を真っ赤にしたまま何も言えなくなってしまった。


 突然のレオンハルトのプロポーズまがいの言動に、みな固唾を飲んで成り行きを見守っている。再びシンと静まり返ったホールの静寂を破ったのは、予想通り小うるさいデリックだった。


「はあ!? なっ、何言ってるんだ!? 認めないぞ、そんな事!!」

「デリック! 少し黙っておれ!!」


 喚き散らすデリックを国王が叱りつけると、彼はシュンと項垂れてとうとう何も言わなくなってしまった。うるさいヤツを黙らせてくれてありがとう、王様。今は眼の前の推しに集中したいんだ。


「ミナ。俺がデビューしたてのとき、ファンレターくれとったよな?」

「え……?」


(まさか、そんな、彼が一ファンの手紙のことなんか覚えてるはずが……)


 ハルトの言葉に私は焦った。


 彼がデビューしたのは十八歳。そのとき私は十六歳だった。その頃、私は立て続けに両親を亡くし、かなりすさんだ時期を過ごしていた。しかし、当時デビューしたてだったハルトの声に心を救われ、感謝のファンレターを大量に送っていたのだ。


「俺、デビュー当時は全然売れてなくて、まだ端役しかさせてもらえんくて。何回も声優辞めよかな思ってたんやけど、そんな時にめちゃくちゃたくさんファンレターくれる子がおって」


 まずい、ファンだとバレるのはまずい。絶対怖がられる、それだけは避けなければ。

 私は冷や汗をかきながら、なんとか声を絞り出す。


「ひ、人違いの可能性は……?」

「ううん。君で間違いない。この世界で出会ってすぐの頃、俺に『多くの人を幸せにしてる』とか『救われた人がたくさんいる』とか言ってくれたやろ? あれ、君がくれたファンレターにも書いてあった言葉やねん。それで名前聞いて、完全にファンレターの子やと確信したわ」

「………………」

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