エピローグ|また、会えるから
月夜が明るく、優しく射し込む部屋。
目の前には白く、淡く光る魂が浮かんでいる。
大鎌を使わずとも、俺の体の中に魂が収まった。
もう、灰色の世界は訪れなかった。
百人目の最期を看取った後、俺はあの男の所へ向かった。
「やぁ、いつぶりだろうね」
いつの日か俺を死神に変えた男だ。
「じゃあ、案内するね」
空間が変わり、真っ白な部屋に通されて、書類を渡される。
「ここに君の魂でサインをしてね。これは死神の契約満了の書類で、こっちは継続しないための書類。もう君は死神として働きたくないだろ?」
「ああ、そうだな。」
一枚一枚、文章に目を通していく。
こうして終わってみると、色んなことを思い出す。
俺の人間だった頃の過去はもうただの記憶になるほど、長い時間色んな人生を見てきた。
いなくなってしまった九十九人の生まれ変わりたちの人生を思い出す。
沢山憎んで、嫌って、妬んで、羨んだ。
昔は苦しくて仕方なかった。
もう、誰も存在しない。二度と戻らない現実。
俺の人生は、百人目が全て終わらせてくれた。
あの九十九人の生まれ変わりたちは俺の記憶にしか残らない。
「佐原蓮」は、俺の分と百人目の人生が世界に刻まれる。
終わってから後悔が津波のように押し寄せてくる。
たくさんの過ちが一気に溢れ出してきて、自己嫌悪に陥る。
あの時にああすれば、あんな言葉を掛けてあげれば、寄り添ってあげれば、なにか変わっていただろうか。
ひとつだけ、生まれ変わり達に隠していたことがあった。
生まれ変わりの心の声は全て、聞こえていた。
一人目から百人目まで、ずっと。頭の中に、いつも響いていた。
今まで俺が生まれ変わり達を見るのが辛かったように、生まれ変わりたちもまた、それぞれ自分の人生に苦しんでいるのも声を通して全部知っていた。
最後まで生まれ変わり達に伝えることはできなかった。
今はもう、何も聞こえない。
逃げてもいい、反抗してもいい、だから生きてくれと伝えていたら、生まれ変わりたちが九十九人も不幸になることも避けられたのかもしれない。
でも、そうしなかった。したくなかった。
自分の力で、俺とは違う人生を生きて欲しかった。
でもこれは、言い訳だ。
だって、どう足掻いても俺の魂が消えることはなくて、俺の存在が消えることはなくて、どう頑張ってもみんな運命というものは決まってしまっていたから。
俺がいくらいい環境を用意しても、俺の魂が邪魔をして不幸に導くのだと、悟ってしまった。法則に従うように十代になると自ら俺に命を差し出すようになった。
嬉しかったことも、楽しかったことも、大切な人すら裏切るように「殺してくれ」と平気で頼んできた。
身近にいた俺が「死神」だったから。
そして、本当に俺が生まれ変わりの命を刈り取れてしまうことが悲しく、痛かった。
刈り取る前、生まれ変わりたちの後悔も、やっと楽になれるという解放感も、まだ本当は死にたくないという直前の思いも、全て、頭の中に響いていた。
それでも、刈った。
リセットされる瞬間が、いつも、虚しかった。
どんなに存在を隠しても、生きる方に導いても、死神らしく振舞っても、結果は同じだった。
どんなに拒絶しても、生まれ変わりの死は二十年足らずで訪れた。
死ぬ直前のあの顔を見るのが嫌いだった。
でもようやく、それも終わった。
──お前のことは生まれ変わりの中でも、一番好きだった。
俺が百人目の最期にそう告げたのは、百人目は俺を人間として見てくれたから。
一緒に、死神としてではなく、友人として人生を生き抜いてくれたから。
苦しいこと、辛いこと、死にたくなるようなこともある人生だったと思う。
それでも、百人目はいつも大切な人に囲まれながら生きていた。
その姿が、とても眩しくて、羨ましいと思った。
でも不思議と、嫌な感じはしなかった。
楽しそうに話している百人目を見るのは楽しくて、他の人とどんな話をしただとか、どんなことをしてきただとか、そんな話を聞くのが幸せだった。
今まで話してきた人は、生まれ変わりを除けば本当に数人で、親も友人も、兄弟なんてもってのほかだった。
色んなことを話せる相手が、百人目が初めてだった。
でも、百人目と生きてきた今だからわかることもある。
今までの生まれ変わり達を見ることだって、苦しいだけじゃなかった。大きな学びを与えてくれた。
人間関係を築くのが大変なのか、思いを伝えるのが難しいのか。
すれ違いだけで片付けられない時があること。
話し合いだけで解決する時もあること。
多くの人を、客観的にだけど、見ることができた。
きっと俺がいなければ、こんなに不幸な思いが生まれることもなかったかもしれないのに。
成長と学びをくれて、ありがとう。そして、苦しませて、ごめん。
百人の生まれ変わり達に敬意と謝罪を込めて、死神の契約終了通知書、そして契約を更新しないための書類に手をかざし、淡く光る魂で捺印を押した。
「これで、晴れてあの世行きだね。蓮くん」
「そうだな……長かった。」
「でも案外楽しかっただろう?続けてみようとは思わなかったのかい?」
「……あんな仕事、二度とごめんだ。」
呆れ混じりの笑みを浮かべる。
「ははっ、正直だね。そう言われてしまうと悲しいのだけど」
「知るか、勝手に死神にしたくせに」
「相変わらず言葉の棘が目立つなぁ、私は傷つきやすいのだよ?」
「………でも」
「ん?」
「あのまま少年院で過ごして、何も知らず、何も学ぶことなくただ環境を恨みながら死ぬよりも、大きな勉強が出来た。それは良かったと思ってる」
「成長したねぇ、蓮くん。私は嬉しいよ」
涙目で男は感動を表す。
「あれだけ生まれ変わりを見てたら嫌でも成長する」
「たった三千年程度といったところだろう?まだまだ私からしたらお子ちゃま、赤ちゃんだね。続けてもいいと思うけどねぇ」
「俺はみんな平均して十代で死んでいったから約千五百年だ。それを、たった、ってどういうことだ」
「おや、そんなに短かったのか。私は死神の補佐だからね。何万年も繰り返している死神達だって見ているのだよ」
「上には上がいるんだな」
「そういうこと」
「お前は何年続けてるんだ」
「さあ?数えるのすらやめてしまったよ。私は神に作られたから、年齢を数えるなんて野暮はもうしないさ」
「もう、ってことは一度数えたのか」
「ああ、ある時ふと思い立って数年間数えたけど、飽きて辞めてしまったよ」
「そうか」
そんなに長い時間存在しているのか、こいつは。
じゃあ、俺らが見たことのない生物もきっと見たことあるんだな。
そして、人間の生活をずっと見てきたんだな。
神は、どうしてこんな世界を作ったのだろう。
争いを生み、苦しみを生み、それでも平和を願う、矛盾した人間を、どうして作ったのだろう。
こういうことを何度か考えたことがある。
もし人間に競争心がなくなったら、損得勘定がなくなったら、と。
考えてみて、一つだけわかったことがある。あくまで憶測だ。
それらが無くなったら、人間の生活はここまで豊かになっていない。
競争心があるから他に負けぬよう努力する。
損得勘定があるから、守りたいものを守れるように利益のある方へ交渉をする。
そうして、今まで人間の技術は進化してきたのだと。
もちろん美談で済まされないものも多くある。
それでも、人間は迷いながら、考えながら、夢を見ながら、たくさんの苦痛を乗り越えながら、ここまで来たのだろう。
「お前は、なんでこんな仕事を続けてるんだ?」
「私?うーん、難しいね。」
男はローブの下にある口を片手で覆う。
「…やるしか、なかったんだよ」
「どういうことだ?」
「私も神様なんだけど、もう一人、いたんだ。」
「へぇ」
「その神様は、私にとっては母親のようなものだった。でも、いなくなってしまった…まぁ、その、待ち続けてるんだ。この仕事をしながら。」
突然小さな声で真剣に話すから、俺は少し動揺した。今まで、飄々とした掴みどころのない態度で話してばかりだったから。
軽い気持ちで質問したことを、少しだけ申し訳なく思った。
「…さて、もう聞きたいことは無いかい?」
「……ああ、ない」
「では、あの世で安らかに眠ってくれたまえ」
いつもの態度に戻ったようだ。
「今までのこと、感謝する」
「これくらい当たり前のことさ、気にしないでくれ」
これから、ようやく眠りにつく。
悔いは、山ほどある。
死ぬという、未来がもうない状況でも夢見る。
百人の生まれ変わりたちと、たくさんの話ができる夢を。
一人一人とちゃんと話したかった。
もっと一緒に悩んであげたかった。
挙げればキリがないほどの後悔。
それももう叶うことのない夢だ。
叶わないとわかっていても、楽園でそれが叶うなら、と期待しながら目を瞑った。
「おやすみ。安らかに眠れ。」
その言葉を最期に、俺の意識は途切れた。
・・・ ・・・
意識が途切れたあと、少しの浮遊感を感じた。
暗闇の中、空を飛んでるような、水の中に沈んでいくような、とにかく体が軽くなる感覚がした。
どこからか、声が聞こえてくる。
小さくて最初は聞き取れなかったが、次第にはっきりと聞こえるようになる。
声と共に、鈴のような音が聞こえる。
「待ってたよ」
微かな期待を込めて、瞼を開いた。
[完]
過去を紡ぎ続けた君と明日を歩く 海月雪羽 @KurageYukiha
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