【4000文字短編】隠し味が隠れていないんだが!? 僕の彼女の手料理が想像以上に狂っていた件について!

バゑサミコ酢

主張の激しい恐怖の味噌汁

「おい。ミク? 来たぞ!」

「あ!? いらっしゃ〜〜い“クミン”君!! 入って入って!!」



 僕は、遠距離恋愛中の彼女に週末呼び出された。


 僕の名前は近藤拓巳こんどうたくみ。しがない大学生だ。彼女からは、“クミン”と呼ばれている。始めは……『タクミン!』と呼ばれていたが……いつのまにか『タ』の字が消失していた。当初のネーミング理由は『ピ◯ミン』みたいで可愛いだそうだ。


 タクミン? 果たしてこれは、本当に可愛いのだろうか? 



「今日呼んだのはね〜〜♡ クミン君にお願いがあって〜〜!」



 この子は一ノ瀬美久いちのせみく。高校三年生のJKである。

 ただ勘違いするなよ? 大学生が高校生に手を出したんじゃなくて……部活動の先輩と後輩。高校時代からの彼女ってこと。恋愛事情は親公認の純愛ってだけだ。一瞬でも、『うわッ』て思った奴がいたら出てこい。今すぐブン殴ってやる。



「ところで、お願いってなんなんだ? 大学からここまで、結構距離があるんだぞ?」

「えぇ〜〜彼女の家に来れるんだから、距離なんて関係ないでしょう? 彼氏として可愛いミクを助けてよ!」



 僕の大学は遠くてな。高速使って片道2時間だ。実家まで帰ってくるにも一苦労。だが、ミクのお願いは絶対なんだ。昔から、彼女の『お願〜い♪』には断れたためしがない。二言目には「たく! 仕方ねぇ〜な」と口にしてしまう。反射的な行動。



「分かったから、さっさと本題を言えって」

「きゃ〜〜クミン君。文句を言っていてもすぐ私のお願い聞いてくれる〜〜! そういうところ“は”だぁ〜〜いすき!」

「…………“は《わ》”?!」

「…………ごめぇ〜〜ん。口滑った。テヘ!」

「そんな舌出したって、聞き捨てならんからな? 「可愛い」とかでは収めないぞ?」

「——!? ぶぅ〜〜」



 調子が狂うなまったく……


 とりあえず、2時間車を運転したんだから、少しは労ってもらいたいものだが……まぁ、とりあえず本題だ。寛ぐのは聞いてからでも遅くない。


 で……高速片道2時間強要してのお願いって一体なんなんだ??



「実はね。クミン君に料理を教えてもらいたいの!」

「料理?」

「うん。料理!! クミン君、今一人暮らしで自炊してるでしょう? だから教えて欲しいの! 私も来年から専門学生だから一人暮らし予定だし……ね?」

「あぁ……まぁ、いいけど……僕もそこまでこったモノは作れないぞ?」

「うん! それでいい! 教えて教えて!!」




 と、僕は可愛い可愛い彼女のお願いを聞くハメになった。まぁ、簡単なところから始めるか?




 だが……




 これが地獄の始まりだって……僕は知る由もなかった。








「とりあえず……ミクって料理したことは?」

「ほとんどなぁ〜〜い。学校の実習で軽く野菜切ったことあるぐらい。ほとんど男子が料理仕上げちゃって……まったくさせてもらえなかったんだよね?」

「はぁ〜〜ん? なら、とりあえず【味噌汁】でも作ってもらおうか?」

「うん。分かった!!」



 まぁ、教えるって言っても、簡単なモノしか僕は作れない。切って、焼いて、合わせる程度の一般人レベルの。

 だから、毎日作っている【味噌汁】がとりあえずいいかと思ってミクに提案した。

 僕の提案に即答して答える彼女の反応からして、自身はありそうだ。

 お手並み拝見。



「味噌汁ぐらい余裕でしょう? 私、ママが作ってる姿見たことあるもん! 任せて!」

「ほぉ〜〜なら、まずどうするんだ?」

「私知ってる。“オダシ”入れるんでしょう?」

「お! 分かってるじゃん」

「でしょでしょ!!」



 彼女は、鍋を用意して、2人分ほどの水を注ぐ。コンロで火にかけた。


 ここまでは問題ない。


 次は“顆粒ダシ”を入れて具材を入れるんだが……ここで僕はおかしな音を拾う。



 ——ポチャ!!


「ん? ポチャ?」



 顆粒のダシを入れたはずだが、なぜ「ポチャ」? 固形ダシってのがあるのか? それとも、液状の白出しか??



「ミク……今、ナニ入れた?」

「え? コンソメ!!」

「なぜ、味噌汁でコンソメ??」



 なぜだ。味噌汁は和食のはずだが……どうして、コンソメが出てくるんだ? 斬新だな。



「間違ってた?」

「あぁ……普通は顆粒の和風ダシだろうな」

「えぇ〜〜そうなの?? でも、勿体無いからこのままでいいや♪」

「おい。まじかよ」



 まぁ、食材を無駄にするのは良くない。彼女の気持ちもよくわかる。案外、味噌汁にコンソメがマッチする可能性だってありうる。意外と鳥の旨みが利いた味噌汁ができるかもしれんし、まだ大丈夫か?



「それで、具材はどうするつもりなんだ?」

「えっと……タマネギ、ベーコン、大根、キャベツ、ウインナー……」

「…………え? 【ポトフ】を作ろうとしている??」

「ん? ぽとふ??」



 無自覚か? まぁ、最初だしな。とりあえず、どう出るか見守るか。グチグチ口出すよりも、ここは現状確認につとめよう。

 料理の先生としても……彼氏としても……やかましい奴は嫌われるだろう? 

 ここはまだ口を挟む段階ではないはずだ。ミクを信じよう。



「じゃあ。味噌を入れようかな?」

「……ふむ」

「私、こだわって2種類の味噌を入れちゃうんだから!」

「……ほう?」

「白味噌と赤味噌!!」

「そうか…………って、オイ! その赤いの!!」

「……およ?」



 僕は、この瞬間ドキッとしたね。料理をする彼女にじゃねぇ〜ぞ。彼女が今入れた味噌にだ。



「それ、豆板醤じゃねぇ〜か!!」

「とうばんじゃん??」

「知らずに入れたんか……中華の辛味噌だぞそれ??」

「へぇ〜〜でも味噌ならいいじゃん! 味噌汁なんだし!」

「オマエ……味噌汁1つで中華も参戦の和洋折衷なんて聞いたことねぇ〜〜ぞ?」

「まぁ〜まぁ〜お堅いこといわなぁ〜〜い!!」



 度肝を抜かれた。まさか、ここまで料理を分かってないとは思わなんだ。


 ズボラクッキング……まさにそれが適した言葉だ。


 何でもかんでも入れればいいってもんじゃないんだぞ?!



「とりあえず。ここは私に任せて! クミン君は待ってて! できたら振る舞ってあげるから、これからの工程は秘密だよ!」

「はぁ? 嫌な予感しかしないんだが……??」

「これから隠し味を入れるんだから!!」

「ナニ……闇鍋ならぬ。闇味噌汁を飲まされるのか? 僕はこれから??」



 そして、味噌汁の完成待たずして僕はキッチンから追い出された。僕から料理を教わろうとして、先生を厨房の外へ追い出す生徒がどこにいるんだろうか?


 ナニ…‥? 僕、実験体として呼ばれたのか??




 ——数分後——



 


「ハイ! 完成!! どうぞクミン君! 私の人生初めての手料理だよ!!」

「……うん」



 運ばれてきたのは……茶色く濁った味噌汁らしきモノ。まぁ……匂いは不思議と悪くないが、具材がどっかりゴロッと主張していて、美味しそうではない。



「あれ? ミクの分は?」

「えぇ〜〜なんか煮込んでたら一杯分になっちゃった」

「だろうな……煮込めばそうなる」

「——え!?」



 そりゃそうだろうに……水分蒸発するんだからさ。ちなみに、味噌を入れた後にグラグラ煮る行為はNGだ。味噌の香りが飛んでしまうからな。

 そして、補足……味噌汁を再加熱する時は良く掻き混ぜること……沈殿した味噌の影響で爆発してしまうからな。



「じゃ、じゃあ……い、いただきます」

「ハイ! 召し上がれ!!」



 だが、彼女がせっかく僕の為に振る舞ってくれた人生初めての手料理だ。『飲まない』なんて選択肢はないだろう。食材を見た限りでは問題なかったんだ。彼女が最後に口にした隠し味が問題なければ……


 僕は恐る恐る。味噌汁を口にする。



「——ブハ!!」

「——イヤァア!? クミン君! きたない!!」

「ゲホゲホ……」



 僕は思いっきり吹いたね。だってよ……



「甘い……なんだこれ……」



 塩味の中に、主張の激しい甘味と苦味——後から、舌をぶっ壊しにかかる辛味。全体を通して不快のマリアージュを体現した。それが、この一杯に詰め込まれている。

 まるで劇物を口に含んだような刺激が僕を襲った。劇物なんて口に含んだことないけど、そんな気分にもなるさ。こんなモン飲まされたら。



「ミク……隠し味とか言って……一体ナニを入れたの??」

「ふふふ……よく聞いてくれました!! 実はねぇ〜〜♪」



 僕が聞くと、腰に手を当てて誇らしそうな様相を見せるミク。こんなモノ飲ませておいて、ナニをそんなに自信満々なのか意味がわからない。



「チョコレートを入れたの!!」

「おい! 馬鹿野郎!!」

「——ッ!? ひ、酷い!! 頑張って作ったのに!? それに、私、野郎じゃないもん!! 可愛いミクちゃん、ちょ〜〜ショック!!」



 まさか、ここまで料理音痴だとは思わなかった。チョコレート……なぜそんなモノを?! どうして味噌汁に入れようと思った!? やはり闇味噌汁だったか!!



「この甘さとほのかな苦味はそれか?! なぜ、そんなモノを……?」

「だって……隠し味といえばチョコレートでしょう? だから……」

「——アホか!? カレー作ってるんじゃねぇ〜んだぞ!!」

「えぇ〜〜?」

「えぇ〜〜じゃないわ! 味噌汁にチョコが入った姿見たことあるのか? なぜ入れた!!」

「だって、隠し味って大切でしょう?」

「まずは順当通りに作れよ! 料理初心者が隠し味に手を出すな!! それに全然隠れてねぇんだよ! 隠し味が!!」



 そう……彼女の隠し味はまったく隠れちゃいない。堂々と存在を主張する暗殺者かの如く、僕を不快な思いにさせてくれた。そして僕はその暗殺者に殺されなくては(食べる)いけない状況を強要されたんだ。


 僕は頑張って2時間かけて……何しに来たんだいったい。



「まぁ、でも……思ったよりは楽勝だったわね。料理!」

「はぁ? 気は確かか??」

「だからね……クミン君!」

「……あん?」



 そして彼女は……



「また、料理のど、くみ…………じゃなくて、料理教えてね!」

「おい……今、毒味っつったか?」

「……こ、言葉の綾だよ……うん……」

「そんなわけあってたまるかぁ〜〜!!」

「きゃ〜〜クミン君! やめて、くすぐったい!!」



 どうして、ここまで自信に満ちているんだろうか?


 だが、その天然なところが可愛いんだよな。



 その後——



 週末は僕にとって【魔の曜日】と呼ばれることとなる。


 なぜか……?


 そんなの、簡単に思い至るだろう。


 彼女の我儘に付き合ってるのさ。




 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【4000文字短編】隠し味が隠れていないんだが!? 僕の彼女の手料理が想像以上に狂っていた件について! バゑサミコ酢 @balsamicvinegar

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ