35 ゲームをしながら
チームが解体されてから数週間が経過した。それぞれすでに別班に割りふられてケイン・ウンベラートは現在、緑化抑制剤C班に所属している。ラテックス分子による不要分子の選択的吸着というオリジナルの視点で研究を進めてきたチームで、特段明記するような功績はないが興味深いアプローチをしておりケインはそのチームでの医学的アドバイザーを任されていた。
トラブルはない、みんないい人たちだ。でもなんだか違う。サイカのチームは大学院の博士課程を卒業してからずっと在籍してきたチームなので愛着もあるし、そもそも他のチームでの経験がないというのもあった。マフィアスなんかは余所でバチバチやり合ってるんだろうなと想像する。
毎日の楽しみといえば大学時代の友人と楽しむオンラインゲームだけで、この頃張り合いがないななんて思う。自分はどうしてしまったんだろう。
「右角に敵が一人いるから気を付けて」
『了解!』
「あ、そこじゃない。もう!」
『なんだよ、指示ばっかすんな。ラビット、どうしてイライラしてるんだよ』
「仕事で色々あった」
『色々って?』
「色々だよ」
そういうとケインは「もう寝るよ、おやすみ」と伝えて通信を切った。暗がりの部屋でヘッドホンを外すとウォーターサーバーの白湯を入れる。両手で耐熱グラスを包みこんだ。ゆっくりと胃に流しこむ。
「寝よう」
思考の切れ間にインターフォンが鳴った。夜中の二時だ。誰だろうと思って返事をしながら開けるとイツキが立っていた。仏頂面で手には紙切れを持っている。
「あ、植物くん。退院になったんですね」
「これ」
突き出してきた紙切れを見てケインは納得する。とても癖のある英語で「良くなったらボクのところへ来て」と書いてあった。正直、下手くそだ。
「確かにボクの文字です。でも何でこんな時間に、今二時ですよ」
「あんたが八時に来ても開けてくれないからマフィアスのところにいたけど。酒飲んだ後のイビキがうるさくて、勝手に出てきた」
「入ってください」
イツキを招き入れると衣服の散らばるソファに掛けてもらい、リスの絵が入ったマグカップに白湯を入れて出した。
「女子力高、というか低」
「今の日本語?」
「そう。白湯とか出すわりに部屋が散らかってるっていったの」
「ああ、すみません。いつもこうなんです。自分に構う時間がなくて」
イツキは片づけないままのゲーム機を見たようだった。
「先に寝ます? それともゲームします?」
「その質問おかしいでしょ。今夜中の二時じゃないの」
「したいのかと思って」
「違う」
じゃあ、寝ましょうかといってクローゼットに買って入れておいた羽根布団を出した。イツキがソファを選んだのでそこに運んでやる。再び電気を消すと布団に顔を埋めた。
静かになった部屋で考え事をする。何から話すべきか。もう寝る時間だけれどとは思っていた。
「植物くんが元気になってよかったです」
「マフィアスに聞いた。オレのせいでチーム解体になったって」
「マフィアスも明け透けだなあ、気にすることありませんよ。みんなそのことに対しては後悔はしてませんから」
「ウソじゃないの」
「少しだけ」
ケインは、ふっと笑った。イツキは変わらないイツキのままだ。いつでもローテンション、案外ボクたち気が合うのじゃないかななんて。しばらく間があって寝たんじゃないかと思った頃にイツキが「起きてる?」と尋ねた。
「起きてますよ」
「オレ、やっぱりゲームがしたい」
防音が優れた部屋なので割と大丈夫だとは思うがそれでもと音量を落としてガンシューティングのゲームを始めた。植物くんってゲームできるんだろうかと、その辺の疑問は省いておいて。さすがにもう三時になりかけているからと思いながらイツキに付き合った。日頃の疲れで瞼が落ちてきそうだった。
真っ暗ななかで銃撃音がして撃つたびに画面が光っている。ゾンビを次々に狙撃していく。イツキは割と上手い。
「日本でも友達とした?」
「友達いないから。一人で」
「テーブルの下に犬が隠れてる」
イツキが反応よくライフルで撃った。狙撃音が部屋に響いている。何のつもりでと思っていたらイツキが言葉を発した。
「あんたさ、統合失調症がとかいってたでしょ」
「ああ、もうその話はいいんです。ナシにして忘れてください」
「いや、オレが話したいんだけど」
ケインは目を瞬かせるとゲームをプレイする手を止めて一瞬考えた。ゾンビに取り囲まれる。画面のなかでは血飛沫が上がってプレイヤーが食われていく。すぐさまゲームオーバーになった。
リモコンで電気をつけるとイツキの顔を見て慎重に話しかけた。
「何を話したいんです?」
「声が聞こえてた」
「声?」
「担当医の? それとも看護師?」
「それもだけど、違う。もっと別の」
「スルホン酸?」
「スルホン酸じゃないから。でも色々聞こえてた。プランティアに場所があってそこにみんないて。それからそいつと少し話もしたけれど」
ケインは驚き目を白黒させるとイツキの肩をがっしりつかんだ。そして目を見て問いかける。
「確かですね。ほんとうに? 自分が病気だとは思わないですか?」
「思わない」
一瞬考えて提案する。
「それ、誰かに話せそう?」
イツキがしっかりと肯首したためケインが目をすがめた。
「明日、マフィアスに相談しましょう」
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