34 離れ離れ

 オーフェンス部長の怒声で部屋は湖面のように静まり返った。四人はものもいえぬまま黙り、視線を反らした。


「病理医学のホワァン部長が直々においでられた。大変怒り心頭で、一度任せた患者を取り返そうとするとはどういうことだ」

「今も取り返してはいません、ウラガさんはちゃんと病理医学で治療を……」

「結果を聞いているのではない!」


 マフィアスは手を下ろしてはい、と口を噤んだ。


「パラレル、キミは責任者であるにも関わらず率先してそのようなことを行うとは何事だ。やはり若くして責任者に就いたものは倫理が足りんか」

「わたしへの批判は受け止めます、ですが」

「ですがはない!」


 オーフェンス部長は机の引き出しからコピー用紙を乱雑に取り出すととそれを受け取れと指示した。サイカは一歩踏み出してそれを受け取ると口を引き結んだ。戒告処分通知だった。


「一か月の勤務停止ですか」

「チームは即解散だ。これは決定事項だ。辞令は追って書面で伝えるが相当のものと覚悟しておいてもらう」

「横暴だ!」

「それだけのことをしたということだよ」


 部長の声にはとげがあった。 


「キミたちの功績は認めている。だが、今回の件はそれ以上の問題だ。薬剤開発部のメンツでもある。よその部と大々的にもめごとを起こすなど」


 苦り切った顔へサイカは言葉を選び投げかけた。


「単なるもめごとではなかったんじゃないですか」

「どういう意味だ!」

「例えば、プランティアの秘密がとか」


 だんっと机が鳴らされた。


「ありえんことをいうな!」


 とにかく、といい置いてオーフェン部長はサイカにサインを促した。サイカはペンを持ち記名する。それをじっと見ると重低音で告げた。


「本日をもって緑化抑制剤開発B班は解散だ」




「ああ、楽しくやってたのになあ」


 仮の実験室に戻ったサイカたちは身の回りのかたずけをしていた。個人の荷物もだが、それよりは八年つまった思い出の処分に困った。サイカは立てかけてあった書籍を段ボールに丁寧に詰め込んでいく。自身のインタビューが掲載されたフィンチも優しく入れた。


「ま、覚悟してたことだから」

「ボクは覚悟してませんでした。理屈が分からない。労働局に訴えれば処分の取り下げだって」 

「その前にわたしたちが消されるんじゃないかな」

「オーフェンス部長は何を隠したがっているんだろう」

「決まってる! プランティアに隠れた巨大な憎悪を隠蔽しようとしてるんだ」


 マフィアスの愚痴が止まらない。出会ったとき彼は少なくともこうだった。でも前回と違うことは彼の憤りは的外れでなく、このチームに残りたがっているということだ。凸凹でスタートした割にとてもいいチームだったなとサイカは吐息する。


「プランティアの秘密って病理医学だけが隠していることでしょう。知ってるようには思えなかった」

「そうか、官職にあればそのくらい知っているだろう」

「病理医学は何を隠しているんでしょうね」

「ノートのコピーは返さないといけないけどどうする。読みたいなら貸してやる」


 ケインが手を伸ばしたのでマフィアスはアダマス・ヒュランデルのノートのコピーを手渡した。口外禁止だぞ、と付け加えて。


「はあ、寂しいね。マウスくん」


 リリンがガラスケージのマウスに話しかけた。ずっとともに過ごしてきたのだ、寂しくて当たり前だ。


「マウスくんたちわたしのお部屋で飼ってもいい?」


 うん、とサイカは簡素に返事をした。


「植物くんはどうなるのかな」

「今治療中だから。それとも治療後の話?」

「病理医学での治療が終わるとどこにいくの。被験者じゃなくなったし、そしたらここにもいられないんじゃないかって」


 四人の間に沈黙が落ちた。マウスがひまわりの種を噛む音だけがしている。


「わたしの部屋に泊めるよ」

「あ……いや。それは止めておきましょう。ボクです。とりあえずしばらくはボクの部屋に匿いますので」


 そ、とサイカは返事をした。


「匿ってどうするんだ。彼は実験にはもう必要がない。チームが無いんだ」

「すねてるの、マフィアス」

「ああ、すねてるさ。本当ならオレだって再結成したい。でもこれは決定事項なんだ」

「ちなみに、植物くんが日本に帰りたいっていったらどうします?」


 みんな一瞬考えたように動きを止めた。しばらくしてリリンが「その可能性もあるか」とつぶやいた。

 荷物を纏め終わるとみんなイスに腰かけて駄弁っていた。これまでのこと、たくさんの思い出をほじくり返してケラケラと笑って。最後に、といってサイカは立ち上がるとみんなに話しかけた。


「じゃ、まあわたしたちのチームは解散になっちゃうけど、それぞれの場所で頑張りましょう。ここで学んだことを忘れずに。と……それから」


 三人の顔を順にゆっくり見た。リリン・エス、ケイン・ウンベラート、エルード・マフィアスありがとうと数年分の気持ちをこめて。


「わたしはあなたたちに出会えてよかった。感謝している」


 もう、とリリンが泣きそうな声でサイカに抱きついた。ケインも握手の手を伸ばす。マフィアスともハグをした。最後なんだこれで、偉大な開発の幕引きなんてあっけないもの。それでも隣にある銃弾と科学の香りが残る実験室には自分たちの功績がしっかりと残されている。

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