33 チームへの処断
静かな病室に機械の音が響いている。心拍数は安定していて医師の所見はとりあえずのところ大丈夫だろうとのことだった。緩やかにでもイツキは回復の様相を見せ、当面の危機は脱した。
サイカは彼の枕元に丸椅子を置いて腰かけていたが、数日間の疲労で眠りこけてしまった。夢うつつのなか衣擦れが聞こえてすっと目を開ける。イツキが目を覚ました。人口呼吸器のマスクの向こうでくぐもった声がする。
「ここどこ」
「ん。ああ、大丈夫。病理医学だよ、気分は」
「平気」
「そう。大丈夫。わたしたちの緑化抑制剤がちゃんと効いている」
そっとうなずいて彼の額に触れる。ユーリを救えなかった薬が彼の命を救った。そう思うと胸にくるものがあった。
「ドクターを呼んでくる」
立ち上がろうとするサイカの腕をイツキが引き留めた。
「何?」
「…………ありがとう」
「うん」
サイカはドクターから別室で様々な診断を聞いた。イツキは奇跡的にではあるが緑化病という症状から回復した。当然のように緑化病といっていたからやっぱりそういう診断自体はあるのだと思う。でも、一般には知られていない。サイカも知ったのはアダマス・ヒュランダルのノートが初めてだった。
(プランティアの秘密、か。公に出来ないはずよね)
ノートに躍っていた『隔離』の文字。どこへとか、思うけれどあのエレベーターでの出来事以上のことは知らない。地上に降り切る前に制止してしまったのだから。
医師が病室でもの思いにふけるサイカに話しかけた。
「もう心配いりませんよ、そんなに見張らなくても脱した患者は救うことになってますから。そう前例もないんですけどね」
サイカはじっと医師の目を見た。これ以上は嫌がらせになる、止めよう。
「心配して預けて大丈夫なんですね」
「我々は免許を持った医師です。志もある。そこを疑われるのであれば考えますが」
「分かりました。ウラガさんをお願いします」
立ち上がり去ろうとすると背後で声がした。
「どこにいくの」
イツキだった。サイカはふり向かないまま低く答えた。
「実験室に戻るから。ちゃんと診てくれるから大丈夫」
サイカが部屋を出ると入れ替わりに看護師が一人入っていった。
廊下を歩きながら考えていた。あの後、エレベーター内での病理医学のスタッフとの怒鳴り合いが忘れられない。
「こんなことをしてただで済むと思っているのか! すでにあんたたちの管轄は離れているだろう。それを横やりを入れるような」
「ああ、分かってるさ! オレたちはオレたちの仲間を救いに来たんだ」
「管轄の問題をいってるんだ、感情的なことばかり連ねるな」
「この件は病理医学部長に報告させてもらう」
「ああいいぞ、裁判でもなんでも好きにやってくれ」
「マフィアス」
サイカは胸倉のつかみ合いをしていたマフィアスを止めると頭を下げた。
「ご迷惑をおかけしてすみませんでした」
「おい、サイカ!」
剣幕を立てていた医師もその様子に少しトーンダウンしたのか、連絡をとって戻す算段を始めた。イツキはそのまま病理医学部の病棟に戻されて治療が開始されるまで付き添って、みんなはあまりいては迷惑がられるのでサイカを残して実験室に帰った。マフィアスは最後まで納得いかない様子だったが、治療は彼らに頼るしかないと説明して何とか帰した。
仮の実験室に戻ると三人が首を長くして待っていた。
「どうだった、サイカ! 植物くんは」
「起きた。とりあえず大丈夫だっていってたから。さっき話してきたよ」
「良かったあ」
「とりあえずは動いてましたよね」
「うん、腕しっかりにぎってたから」
「ほんと、良かったですよ、もう。マフィアス、マフィアス。いつまですねてるんです」
「腹が立ってるんだ。どうしても納得いかない」
「うん、まあ。もういいよそれは」
サイカはみんなの顔を順番に見た。みんながどうしたという顔をしている。サイカはさてと、というと膝に手をついて立ち上がった。腕時計型端末が光っている。
「部長に時間が空いたら来いっていわれていたから」
「え……」
「うん。みんなでね」
「まあ、いいわけぐらい考えておいたから。よし、いくぞ」
サイカは小さく返事をしてみんなを促すと実験棟の端にある薬剤開発部の部長室へと向かった。
「失礼します」
インターホンで通されて入ると顔に深いしわを刻んだオーフェンス部長が手を握り合わせて着席していた。極めて険しい表情でサイカたちを睨んでいる。さすがのマフィアスも少しひるんだ様子だった。唾を飲みこむ音が聞こえた。
「あの、部長じつは……」
机がにぎりこぶしで激しく叩かれる。オーフェンス部長が地を這うような怒りを上げた。
「全員即刻実験室を立ち去れ! チームは解散だ」
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