31 アダマス・ヒュランデルのノート

 コピー自体が変色していて相当古く、あまり読まれた跡がないことからどこか人目につかぬ場所で保管されていたことがうかがえた。どうしてこれをマフィアスが。サイカはマフィアスの顔を見た。


「アダマス・ヒュランデルのノートの原本はクジラの尾のどこかにあるが、現在は閲覧禁止になって鍵のかかったところで厳重に保管されている。このコピーは前の研究室で世話になった古い同僚が閲覧禁止になる云十年前にこっそりコピーして保管していたものだ」

「おお、よくコピーしたね」

「何が書かれていたの」


 一ページ目にラフな英語が書きこまれている。絵もつけて但し書きもしてある。まるで彼の頭の中身をそのまま写し取ったかのように自由に記録されていた。



被験者A 男性23歳 身長178センチ 体重90キロ 肥満 ロシア


術後半年で緑化病発症、体色は中程度、基底細胞に異常なし。

色覚障害が起きる。右目はオレンジ抜け、左目は正常→のちに改善

視力が遠視←→近視を繰り返す。

後に統合失調症(幻聴のみ、幻覚はなし)を発症したため、デキサダールを投与

症状が止まず、隣人の声が聞こえると主張

体重が増加、一型糖尿病を発症。

幻聴が止まないと訴えたためデキサダールを増やす

酸素中毒発症、心拍数少ない

間もなく意識混濁、脳波は見られたが動作確認できず

→隔離


「……隔離?」


 サイカは眉根を潜めた。


「ねえ、隔離ってどういうこと」

「言葉の通りだ。もうちょっと読んでみろ」


被験者B 女性48歳 身長156センチ 53キロ 中肉中背 中国


術後五年で緑化病発症、肌の色が濃すぎる緑人間!

診てすぐに酸素中毒となり意識混濁になったので人口呼吸器で対応

脳波の状態から夜中でも覚醒状態にある。心拍数少ない

会話を持ちかける、反応が見られる。イルカの超音波を聞かせる、反応なし。

こちらの声を理解し考えている。

瞼が少し開き始めたがその後反応は見られず

→所定に従って隔離


被験者C 男性63歳 身長197センチ 体重70キロ 痩せ ブラジル


術後2年で緑化病発症 皮膚の緑化は穏やかだが血中酸素濃度が高すぎる

方向音痴の改善、難聴の緩和、知能指数の向上

幻覚、幻聴あり。パンテキノンを投与10ミリ→15ミリ

一次改善が見られたが酸素中毒により嘔吐が激しく、入院

意識混濁→所定の場所に隔離


「……これって」

「隔離って何です。ボク今すごい怖いこと聞いてる?」

「文字通りの意味だよ。アダマス・ヒュランデルはそういう一連の症状を起こした患者を緑化病と呼んで研究したあと、手に負えなくなると隔離していたんだ」

「彼らは死んだわけじゃない、死んでいない患者は処置の方法がないからどうしようもない。でも、じゃあ彼らは」

「五十年以上も前のことだから死んでる、それは間違いない。でもオレがいいたいのはそこじゃない! あいつらは病理医学の連中はそういう症例を隠して被験者をどこかへ隔離していたってことだ」

「マフィアス落ち着いて、何があったのか詳しく」


 畜生っといってマフィアスは足を下ろした。


「古参の研究者に内緒にしてくれといわれたんだ。緑化病と呼ばれる患者を秘密裏に隠しておく施設がプランティアにはある。口外出来ないような恐ろしい実験が進めれていて、ってここは想像だけれど。この安全だと思って過ごしてきたプランティアに!」


 三人は何もいえずに腕を下ろした。サイカはテロリストの死に際の言葉を思い出した。


――じきに植物になるさ。


 彼らが真に忌避したのは人が植物として生きるということ。緑化病という密かな病が蔓延し、植物ともヒトともいえぬ何らかの存在が……


「植物くんはどうなるの」

「病理医学とケンカしてきた。迅速にこちらに引き取りたいと」

「でも、そんなこと」

「ああ、そうだ。うちには設備がない! 容体の悪い患者は病理医学で診てもらわなきゃならない。すでにこちらの患者だから余計だって払われたさ!」

「ウソ、やだ……」


 リリンが涙をぽろぽろとこぼし始めた。植物くんどうなっちゃうのと不安げに呟いている。


「植物くんを取り戻しにいこう」

「いこうってサイカ。設備が無いんだよ」

「病理医学に診てはもらうけど、こちらの権利を主張する」

「無理だ、すでに部門を移動している」

「ケンカしてくる」

「オレがすでにしてる」

「不十分、わたしに任せて」


 サイカは目に溢れそうになる涙を堪えた。イツキがどこかに連れていかれてしまう。そうなればきっと彼は。


「みんなでいきますよ。ボクも多少、弁が立ちますから」


 みんなが白衣を着て出ていく。サイカも白衣を羽織った。みんな待っていたが、不意にノートのコピーが気になり最終ページをめくった。彼は、実験を続けていた本人のアダマス・ヒュランデルはどうなったのだろうと。そこには乱れ切ったガタガタな文字でこう書かれていた。英語でもポルトガル語でもない、おそらく彼の母国語だ。


――Adamas Hylander Karantän(アダマス・ヒュランデル 隔離)

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