28 事後処理
今回の騒動は世界中のメディアに取り扱われて、今一度プランティアの存在意義について議論された。犠牲になったブラジル人の警備員の親族が報道陣に訴えるさまは事件の痛ましさを物語り、プランティアの警備体制の抜本的改革をと訴える政治家も少なくはなかった。
サイカたち研究チームは軍の事後処理で聞き取りを受けたあと、解放されて使用できなくなった研究室の隣の部屋を割り当てられた。実行犯は数名が拘束されて、多くは射殺。犠牲者が出たものの迅速に解決出来たことは自体は国内外で評価されていた。
浮き立つ空気のなかで科学者たちは平時のように振舞っている。でも心の根底にあるのは恐怖、悲しみ、虚しさだった。
血まみれになったフロントが三階の手すりから見えている。軍による検証がなされていて、それを感じながらの食事なんて進むわけがなかった。
「植物くんのところいく?」
コーヒータンブラーを置いてリリンが問いかけた。イツキは目の覚めないまま、当面のところ病理医学部に入院することとなった。臨床試験はいったん中止、彼はすでに被験者ではなく、サイカたちと彼を繋ぐものはもはやなかった。
「止めとこう」
「あのですね、サイカさん。ボク思うんです。彼の植物化はとても特殊な例で」
「病理医学に任せるって決めた」
ケインがえっという顔をした。
「ケインくんの興味は認めるよ。でも、わたしたちには対抗措置がない。今はちゃんとしたお医者さんに任せて目覚めることだけを祈ってそしたら」
ケインはああ、と声を出してしっかり言葉を置くようにいった。
「サイカさん、ボクも医者です」
そんなの分かってるよ、でも設備がにないでしょとサイカはコーヒーを飲んだ。カフェイン摂取したのにもやもやが晴れない。
「病理医学に任せていると一般の患者としてしか扱われません。彼の秘密はボクたちが突き止めないと」
「どうすんだ?」
「アダマス・ヒュランデルのノートです」
サイカ、リリン、マフィアスの三人が目をぱちくりと瞬かせた。
「都市伝説じゃないんだからさあ、あるわけないよ」
リリンの言葉にケインがいいえと制した。
「アダマス・ヒュランデルのノートはこのプランティアに実在します。それを探し出して、記録を見る。きっと植物くんの身に起きていることが分かるはずです」
「止めよ」
サイカは紙コップを置いた。トレーを片づけにいこうとするとケインに手を引き留められ着席を促される。
「病理医学は彼の事情について無関心です。治療も一般の全能性と同じ治療しかしないでしょう。もし彼の身に何かが起きたら我々は知らぬ存ぜぬを通せますか」
「…………それは」
「あたしはケインくんの意見に賛成だな」
サイカはリリンの顔を見た。色々と悟り切ったような顔をしていた。
「あたしたち彼と関わった義務があるんだよ。友情っていいたいけどそれは甘々な気がするから。科学者として出来ることをして彼を助けよう」
「リリン……」
「多数決にするか、民主的だろ」
止めてよ、こんな時にとサイカは呟いた。オレは賛成、とマフィアスが手を上げた。リリンもケインも上げる。サイカは……
「実験室もまだ道具がそろっていないし、わたしたちは何も出来ない。臨床試験も無くなっちゃったから、その間の仕事なら」
彼の別に、といった顔が過る。ぐっと目を閉じた。そして開ける。ダメだ、素知らぬふりなんて出来ない。
「理由つけるな」
「うん、ごめん。……わたしたちで彼を助けよう」
みんなの顔を見ると朗らかな笑顔を浮かべていた。
研究室に戻ると早速、ネット検索から始めた。大きな意味があるとは思えないが何か行動を起こさねば始まらなかった。一番在歴の長いマフィアスは古参の科学者に聞きこみにいった。リリンも友人が多くその伝手がある。ケインは爪を噛みながら小言を呟いていた。アイデアがいくつかあるのだろう。
サイカの頭にはあの男の言葉が木霊していた。
――じきに植物になるさ。
静かに念じる。ダメ、させない。植物くん、きっと助けるよ。
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