27 銃撃戦の末に

 手元の銃は三丁、科学者が二十四人いれば妙案くらい思いつくのではと話しあったが、論理は携えられても軍事のスペシャリストじゃない。それにイツキの具合も心配だった。


「真っ青。どうにかならないかな」


 リリンが心配そうにつぶやいた。サイカは非常階段に座り込んだイツキをのぞき込む。


「どこが変だって思う?」

「それ患者に聞くこと。心臓が止まりそうだ。なのに呼吸が苦しくなくて頭が冴えてる」

「どういう症状なのかさっぱり……」


 ケインがイツキの脈を測っている。訴える通りのことが彼の体に起きているのだろうか。


「実験室にいけばGMDで調べられて分かるのにね」

「そうだ、リリンそれです!」

「えっ?」

「実験室にいきましょう」

「あのね、ケインくん。実験棟は隣の棟で三階のガラスの渡り廊下を渡らなきゃいけないんだよ。エレベーター何て使えないし」

「サイカ。そんなに心配するな」


 マフィアスの言葉にサイカはうん、と返事した。さらに彼は周囲の同僚たちに問いかけた。


「オレたちは実験室にいくが、あんたらはどうする」

「オレたちは別へ身を隠す。集団じゃ見つかる危険性が高まるからな。ほら持っていけ」

「いいのか」

「サイカ・パラレル女史のおかげだ。幸運を祈る」


 科学者の渡してくれた銃と予備の弾倉をケインが大事そうに握った。


「本物の銃なんてハワイ以来だ。興奮するな」

「よし、決まれば早いとこいこう」


 イマフィアスとサイカでイツキを支えると五人は静かに移動を始めた。


 渡り廊下には見張りが一人いた。銃を持っている。彼の目からどう逃れるか作戦を練った挙句、一発だけ撃つことにした。ガラスを一発撃って注意を引いた後でサイカたちで取り押さえる。危険だけれど人命第一だ。


(ケインくん、お願い外さないで)

(どれだけ的がでかいと思っているんです)


 ケインが片目をつぶって的を絞った。高い破裂音の後でガラスの壁をバリンと突き抜ける音がある。防弾ガラスのようで小さな穴しか空かない。


「誰かいるのか!」


 男が銃を掲げながらやってくる。そこへ死角からサイカの裏蹴りとマフィアスのフックが叩き込まれて、男が唾を吐きながら膝から崩れ落ちる。

 男の電話のSNSで即座に連絡があった。銃声が聞こえていたのだろう。


——問題あったか。


 ケインが『始末しました』と打ち込む。こういうのってスパイみたいとはしゃいでいた。男の電話を奪うとマフィアスがネットにアクセスした。途端、声を詰まらせる。


「おい、これ」


 動画サイトに移っていたのはニュース映像だった。死傷者が出ているとある。犯人が侵入時に銃撃戦があって、複数人の犠牲が出ている。門には血だらけで倒れている顔見知りの警備員の姿があった。

 物もいえずに押し黙った。こんなことが起きていいはずがない。ブラジル軍が潜入作戦を立てているとの情報が踊り、同時に犯人側の政府への要求も伝えられていた。


「サイカ、どうする」


 リリンが不安げに問いかけてきた。サイカはじっとイツキを見た。一介の科学者に出来ることなんて限られているのだ。


「わたしたちは実験室にいく。今はそれしかない」



 

 実験室は静かだった、何事もなかったかのように佇んでいる。武装勢力側も夜の騒ぎで実験室にいると踏んではいないのだろう。イツキをGMDに押し込むとすぐに測定を開始した。イツキは力なく横たわっている。サイカはマイクで話しかけた。


「これからいつもの測定を始める。調べるのは」

「冗談いってる場合、始めて……」

「大丈夫ね」


 サイカは測定開始のスイッチを押した。表示されていくグラフを見ながらすぐにケインが眉をしかめた。やっぱり数値は異常なままだった。


「心拍数が低い。ATPが高い。クロロフィルの濃度も。でも全能性が起きてる気配は相変わらず……」

「ないよ」


 顕微鏡をのぞきながらリリンが手を上げた。


「何が起きてるっていうんです」


 突如、外で銃声が鳴って扉がダンっと開かれた。みんな反射的に机の下に身を隠す。武装した男が踏み込んでくる気配があって、直後マシンガンが唸りを上げた。光を放ちながら窓ガラスをぶち抜く。土埃が静まると耳がキーンとなった。


「出て来い! いるのは分かっているんだ」

「どうしてここが」

「携帯の位置情報か!」


 マフィアスがケインの腰に入れてあった電話を捨てた。もう一度激しい銃撃があった。その銃撃のなかでケインが決死の表情で話しかけてくる。


「サイカさん、思うんです!」

「何が!」

「彼、植物化が始まっているんじゃないかって!」


 今度は机の上のパソコンのモニターがぶち割られた。置いていた資料もマフィアスの飾っていた模型もガラスケージに入っていたマウス……


「ダメ――っ!」

「こら、リリン!」


 立ち上がろうとしたリリンを引っ張って推しとどめる。幸いマウスは無事だったようだ。


「ケインくんさっきのどういう意味!」

「おい、ケイン銃で応戦しろ!」

「もう、今それどころじゃ」


 ケインの銃が二発、音を鳴らした。相手が壁の陰に隠れる。だがすぐに応戦してくる。マシンガンが連続して発射されるなかでケインがよく聞いてくれという風に机の下で説明を始めた。


「いいです? 彼は体の植物化が始まっている。でも一般に知られている全能性とはまったく質の異なる症状です」

「根拠は!」

「体のなかで酸素が増えて心臓を頻繁に動かすことが不必要になりつつあります。だから心拍数が低い。心拍数が低いことによって体のだるさ、行動障害が起きている」

「細胞壁がないでしょう、液胞は。どちらも……」

「ぐちゃぐちゃ喋ってないで出て来い!」


 武装した男が苛立ったように踏み込んできた。マシンガンを向ける。ケインが狙いを定めて一発引き金を引いた。一発外す。すかさず一発撃つと男が唸りを上げて膝を抑えた。


「撃っちゃった」


 ケインは驚いたような顔をしていた。


「えっ」


 もう一人の男がケインに照準を合わせていた。ゆっくり引き金が引かれる。ダメ、サイカは目をつぶった。

 瞬間に高いライフル音が二発鳴った。アーミージャケットを着た集団がざっざっざっと靴音を鳴らしながら流れ込んできた。武装勢力の死を確認している。


「怪我はないか?」


 心臓が轟いている。ケインが死んだかと思った。

 サイカは胸に手を当てる。ブラジル軍が来てくれたらしい。サイカたちは呼気を荒くして大丈夫です、と立ち上がった。リリンは人が死んだところがショックだったらしくしゃがみ込んで泣いている。


「想定マウス死んじゃったね」

「データセンターにバックアップが残ってるから心配すんな」

「死んだかと思った」


 無事だった。こんなに後味の悪いことはないけれど。サイカはGMDのなかで青い顔をして目を閉じているイツキに近づいた。あの銃撃でも動じないなんてさすが……


「……植物くん?」


 顔から髪がすっと流れ落ちる。え、ウソ。サイカは体を揺すった。

 

「植物くん! 植物くん、しょ…………、イツキくん!」

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