26 プランティア占拠
女性責任者が扉のそばでおびえるように立っていた。目は青瓢箪で鼻血を流し肩から血まみれになっていて、拷問のあとが見えた。どうやら解除コードを伝えてしまったらしい。彼女はシェルターに押し込まれると泣きそうな顔でごめんなさいといった。
人質は全員拘束されて、ものものしい雰囲気のなかで武装勢力側のやり取りがされている。ポルトガル語だ、南米の見てくれでブラジル人だと思った。壁際で話していて声が小さいので断片的にしか聞き取れない。
「……ああ、そうだ。……今は……そうらしい」
「リーダーが……集めるのは……でもそうだな。こっちには二十四人いる」
背の低い男が電話で誰かと連絡を取り始めた。おそらく指揮官がいるのだろう。電話してすぐにシェルターから出ていく。扉が閉まってなかには見張りが二人残った。サイカは言葉を拾い切れずに近くにいたポルトガル出身の科学者に問いかけた。ネイティブなら小声でも拾えただろう。
(何ていってた?)
(人質の数が多すぎるから集めない方がいいといっていた)
(他のフロアは)
(病理医学はシェルターにも避難できなかった。病室にいて治療は続けさせろといっていた)
(どういう目的で……)
「おい、お前! 何を話している!」
見張りが英語で怒鳴り、銃で頭を小突いたのでサイカは口を噤んだ。怖い、でもそれどころじゃない。サイカは応じた。
「患者がいるの」
「どこにだ」
「彼具合が悪くて」
そういうと背の低い男はイツキの腕をまくった。緑の濃さにぎょっとしている。
「お前、植物人間だな」
イツキは静かに頷く。すると背の低い男はイツキの前髪を引っ掴んで顔に唾を吐くとこういった。
″pecador《罪人め》″
乱雑にイツキを突き飛ばすと背の低い男はシェルターの外に出ていった。サイカは部屋着でイツキの顔をぬぐい手を当てると「余計だった、ごめん」と伝えた。
外に出てすぐに背の低い男は帰って来た。サイカのあごを銃で押し上げると話しかける。
「薬が必要ならいえ」
そう、分かったとうなづいて口を噤んだ。
一秒が無限に感じられるような時間を過ごしていた。夜中の騒動にみんな疲れ切っている。日々の仕事の疲れもあるのだ。長時間の拘束に耐えられるような状態じゃない。目を閉じて考えていた。何とかしなければ。
「キミたちは何をしようとしているんだ」
緑化促進剤開発室のチームリーダーが背の低い男に話しかけた。サイカとも時折会話を交える仲だった。
「政府に掛け合って緑化保護法を全廃させろといっている」
周囲にざわわとどよめきが起こった。サイカも目を白黒させた。
「全廃なんてそんなこと」
「プランティアを始めとするブラジル政府の緑化政策は今日の出来事を境に廃止される」
「出来るはずがないさ。武力で他を屈服させようっていうのは蛮人の考え方で大抵の場合悪は排除される」
背の低い男が銃でガンっとマフィアスの頭を殴りつけた。マフィアスの頭からぱっと血が散る。
「どちらが悪かはよく考えてから話せ」
「畜生、お前たちの方だろが」
マフィアスはぼやきながら頭を押さえた。噛み付くのは相手を選んでしなさい、とサイカは横腹を小突いた。
今は午前七時だ。ことが起きてから四時間経っている。時間は腕時計型端末で確認するしかなく、電話は武装勢力によってすべて回収されている。
「植物くん、抑制剤を飲んでおきましょうか」
ケインが心配して声をかけた。立ち上がって薬を取りにいこうとすると丸太のような腹をしたバンダナの男が銃を突きつける。
「薬を取るだけです。水も。患者に必要なんだ」
ケインは堂々と突っぱねると緑化抑制剤をイツキに渡した。イツキが喉を鳴らして飲んでいる。
「お腹空いたよね」
「ボクは昨日から起きてるんです」
あ、そとリリンが受け答えした。しばらく沈黙して貝のように身を縮こめていた。水を欲していないのに喉が渇く。緊張しているのはみんな同じだろう。
ふとイツキがダレたような顔をしていることに気が付いた。
「植物くん、大丈夫かな」
「……平気」
かなり無理をしているのだろう。緑化抑制剤を飲んだがすぐに効果なんて得られるはずない。GMDが無いと測定も出来ないし、彼の体に起きていることが分からないと対処のしようがない。
「ねえ、測定室で病状だけでも……」
「きゃっ」
いいかけたリリンのポニーテールを引っ掴んでバンダナ男がにらみつけるとこういった。
「植物人間だ。殺せばいい」
え、とみんな愕然と消した。
「ちょっと待って。それは聞き捨てならない」
「おい、サイカ止めろ」
マフィアスに噛み付くなら相手を選べといった割に自分のことになるとどうしようもなかった。
「いいえ、止めない。植物人間を殺せって何? 彼らには人権が無いっていうのかしら。そもそも彼らは緑化手術を受けた人間であって植物じゃない」
「なんだお前は」
「科学者よ、あなたたちの大嫌いな緑化保護法に保護されて働いている科学者」
「そいつを黙らせろ」
後ろに控えていた男の指示で背の低い男がサイカの髪を掴んだ。それにサイカは張り手をする。パチンと子気味のいい音が響いた。
「大事な命を懸けてこの世界を救いたいと思った人たちをなぜ罵れるの。植物人間は間違っている? いいえ、それなら科学が間違っている。緑化手術を開発し、争いの火種を作り、あなたたちのような分別の無いものに火薬を与えたことが。言論を超えて暴力で屈服しようとしているその行為が誤りだとなぜ分からないの!」
「進化とは何だ! 神の定めを超えて種を残すことか」
「世界を継続させようとする気持ちをなぜ踏みにじるの! わたしがいいたいのは」
「過ちを何故認めない! 科学者として愚弄された気持ちになるからか」
「わたしのプライドなんて関係ない! 彼らの命を懸けた願いを踏みにじる権利はわたしにもあなたにもない」
男の胸倉をつかみ言葉を繋ごうとしたところで彼の体が傾いだ。マフィアスたちが束になって、それぞれ三人の男を取り押さえていた。サイカは罵倒し合っていた男に馬乗りになると問い詰めた。
「彼に謝って、彼は植物人間じゃない!」
「じきに植物になるさ」
「待って、それってどういう……」
男が血を吐いた。口のなかで何かを嚙みつぶしたらしかった。すでに息絶えている。ナイス、サイカと聞こえたがサイカの気持ちは収まらなかった。涙を流しながら腹を立てていた。マフィアスがふっと笑った。
「科学が間違ってるはないよな、サイカ」
「冗談よ。言葉の綾」
サイカは涙をふいた。銃を抱えて、みんなで避難シェルターを抜け出すと非常階段に向けて走り出した。
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