25 テロリズム

 薄闇の立ち昇る黒煙を見つめながらサイカは信じられない気持ちになった。コンクリートがガラガラと崩れる音がしている。どこからしているか不明だが、南方の気配がする。距離と方角から推し量るに。


「クジラの尾が吹っ飛ばされただと!」


 イツキとは反対の隣部屋の住人の声が聞こえた。彼は電話で誰かと話している。みんなベランダに出てきていて状況を確認している。何かが現に起きているのは事実だった。


「テロ? これが」


 サイカは信じられない思いでつぶやいた。枕元に置いてあった腕時計型の通信機を拾いに行くと時計は″コードセブンコードセブン、避難してください″と電子音を繰り返していた。コードセブンとはやはり何者かによるテロ行為を意味する。部屋着に着替えると廊下に出た。パジャマ姿のマフィアスとスウェット姿のリリンも出ていた。パジャマ姿でうろたえてコミュニケーションをとる大勢の科学者の姿がある。


「サイカ、テロだよ! どうしよう」

「詳しいことは分からないから。規則に乗っ取ろう」

「訓練でやったよな」


 プランティアでは有事の際の避難シェルターがある。それぞれ三階、五階、七階に。その際エレベーターではなく東の端の非常階段を使う。ここは居住区の四階だ。一番近いのは五階か、三階になるが。


「ケインくんと植物くんは」


 リリンが向かいの部屋のインターフォンを連打した。ピポ、ピポ、ピンポーンと高い呼び出し音が鳴る。


「ケインくん、ケインくん! 起きて、起きて!」


 しつこくノックしていると頭に大仰なヘッドホンを付けたケインがだらしのない格好で出てきた。どうやら趣味のオンラインのサバイバルゲームに興じていたらしい。手にはゲーム専用の緑色のライフルを持っている。


「何です、今ヴォスドラドスを倒したところで」

「外見て、外! 信じらんない、あの振動で気づかなかったの」


 外に走り出たケインの驚く声がする。サイカは隣の部屋のイツキを起こそうと部屋のインターフォンを押した。けれど出てくる気配はない。ドアを叩く。


「起きて、植物くん起きて! 寝てるの、返事して!」

「寝てたら返事しないと思うけどな」


 マフィアスにうるさいと怒鳴って部屋にマスターキーを取りに行った。患者に何かあった際の措置だ。プライバシーもあるし使いたくはなかったが仕方ない。


「ごめん、開けるよ!」


 部屋に踏み込むとイツキは布団を深く被り眠っていた。部屋は少々散らかっているがそれどころじゃない。眠っているイツキを揺すり起こす。


「……ん……なに」

「大丈夫、起きられる。気分悪いの?」

「ちょっとだけ」


 ビールなんて飲ますからだよとぼやきが聞こえる。それを無視してサイカは枕元に寄り添ってイツキを支えた。


「プランティアが攻撃されているの、ここを出ないと」

「部屋にいた方が安全じゃない? ここロックが」

「わたしが部屋に入ってこられたでしょう、寝ぼけてるの?」

「あ、そか」


 いこうと手を引いて部屋を出る。科学者たちはすでに慌てふためきながら非常階段へと向かっている。反対のエレベーター方向に走っている科学者も少ないがいる。サイカたち研究チームは揃って非常階段へと向かう。小走りで駆けているとリリンが「待って!」と声を上げた。振り向くとイツキが青白い顔をしている。よろよろとしゃがみ込むと目をぐっとつむっている。


「どうしちゃったの」


 リリンがとても心配そうに声をかけた。


「気持ち悪いだけ。……先にいけば」


 サイカはイツキの前にかがむと考えた。本当に具合が悪いのだ。


「エレベーターで上がろう。階段は無理だ」


 反対方向のエレベーターに向かって乗り込む。エレベーターのなかで座り込んだイツキの心拍数をケインが測っているが、とても難しそうな顔をしていた。


「低すぎますよ。いつもこうなんです? 夜だけ」

「……ビール飲んだからじゃない」

「もう、飲ませるんじゃなかったよ」


 あのな、とマフィアスの咎める声が聞こえる。サイカは心配しながらエレベーターの階数表示を見上げていた。じきに五階に着く。


 降りるとそこから少し歩かねばならない。足のもつれそうになるイツキを支えながらみんなで移動した。

 みんなシェルターに入っているところだった。施錠に間に合った。ここに逃げていればプランティアの許されたコード管理者しか開けることは出来ない絶対安全の設備である。顔見知りの科学者たちとアイコンタクトを取ってなかに入ると静かにした。みんな緊張した面持ちでいる。


 間もなくサイレンが鳴り始める。遅いよ、とリリンが呟いてそれもすぐに途切れる。何かが起きていることは明らかだった。逃げてくる人がいないことを確認すると扉を閉じてなかからロックを掛けた。途端、無音になる。

 フロントが通信設備での呼びかけに応じないらしく、何人かが電話で連絡を取り状況確認している。サイカはそのやり取りを静かに聞いていた。


「今オレたちは五階だ。ああ、大丈夫。とりあえずのところ大丈夫だが、さっきみたいなのがあったら」

「テロリストは一階から来てるんだな。間違いないな」

「ここは二十人くらいいる。具合の悪いものは……」


 みんながパラパラと手を上げた。彼はそれを見てうなづいた、


「少しいるが耐えられないほどじゃない。安全が確保されるまでは」


 サイカはイツキの腕をさすった。イツキは青白い顔をして俯いている。サイカはケインに向けて小声で問いかけた。


「緑化抑制剤あるか見てくる?」

「いや、それよりもアドレナリンを探した方が」


 ケインが立ち上がって備蓄倉庫に向かい、薬剤と注射器を持ってきた。それをイツキに注射する。少しするとイツキに心なしか顔色が戻った。

 困ったね、とサイカはこぼして部屋の隅々を見た。何もない部屋だ。避難場所である以外の機能は持たない。薬と水や食料の備蓄が少し、あとは毛布類などがあったはずだが医療設備はない。


「何が起きてるのかな」


 リリンがぽつりといった。ネットにアクセスした人が電話をみんなに見せて回っている。ヘリからの空撮だ。光をまき散らしながら飛んでいくミサイルが撮影されている。やはり攻撃されたのはクジラの尾の先端らしかった。激しい爆発音の後で上がる黒煙。尾にはデータセンターがあって、そこで働いていた人も少なからずいたはずだ。


 静かなままに三十分くらい経っただろうか、みんな不安そうに黙している。夜中の三時だった。外から声がする。


「無事か」


 助けだ、と喜ぶ声が一斉に上がる。すでにテロは鎮圧されたらしい。何人いると聞かれたので数を数えて「二十三人だ」と誰かが答えた。


「今から開ける」


 避難シェルターのロックは三重になっている。コードを打ちこんで、マスターキーで認証し、責任者の彩光認証をしなければならない。それを外側からすべて解除し切ると人がなだれ込んできた。


「えっ」


 湧きたちが急に静まる。侵入してきたのは銃を掲げた武装勢力だった。

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